HOME

Reus



Booklist,DCMK

DCMK fanbook#02 | B from B
 COMIC  #-ひごさな
20121007h.png
B5|P38|¥500|2012/10/07発行
比護と一緒のベッドで眠るようになった貴大が悩む話

SOLD OUT


本文サンプル
sample20121007.jpg

keyboard_return

Booklist,DCMK

DCMK fanbook#01 | 秘密は懐に
 COMIC  #-白快
20120624h.png

B5|P40|¥500|2012/6/24発行
黒羽の誕生日が近づいてきたある日、白馬が学校へ来なくなった話

SOLD OUT


本文サンプル
sam20120624.png

keyboard_return

Megido72

 
 
離れないで

20220121x.png

20220122x.png

keyboard_return

Megido72

ねおちるはなし/カスフォカ


「皆さんお疲れ様です。お夜食を用意したので、すこし休まれてはいかがでしょうか?」

 経費書類の山に埋もれながら、フォカロルたちがその声を聞いたのは夜半過ぎのことだった。
 声がした方を見ると、目の前には書類の山。
 右も左も、机も床もあたり一面紙で覆いつくされている。
 か細く聞こえてくる「うぅ…」という呻きはきっとフォラスのものだろう。奥のほうで手がちらりと見えているから、おそらくあの山の向こうで倒れているに違いない。その隣ではグレモリーが最終チェックを終えた書類をテキパキと束ねていた。今日は依頼が入ったからとイポスの代わりに手伝ってもらっているパイモンには書類を別の部屋に移す作業を任せているから、やはり先ほどの声はこの部屋の外から聞こえたものらしい。
 紙の雪崩が起きないようフォカロルがすこしずつ道を掻き分けて進むと、扉の向こうには軽食と飲み物が乗ったトレイをそれぞれ手にしたアイムとアリトンが居た。

「ふたりとも、こんな時間にわざわざすまない」
「いえ、これくらいしか出来ませんから。作業は順調ですか? それと、ソロモン様からの言伝です。『あまり無理はしないでくれ』と」
「今夜終わらせるつもりだ。ソロモンにも礼を言っておいてもらえるか? 軽食は、ここからは俺が運ぼう」
「でも、ふたつありますし」

 アイムが手にしていたトレイにフォカロルが手を添えると、申し訳なさそうに制止の声が掛かる。隣にいるアリトンも、「中まで持っていきますが」と言う。

「いや、書類の山でで部屋の中が面倒なことになっていてな。俺がもう一度来た方がいい。待っていてくれるか」
「そういうことであれば」

 王都へ会計を申告する時期になると帳簿係は激務となる。
 細かい数字のチェックを重ね、あらゆるリストとの整合性を確認する。
 軍団内の酒好きたちが倉庫からこっそり数瓶くすねたり、いつの間にか在庫が別の種類に入れ替えられていたりするなんてことはざらにある。持ち出し管理簿に未記入だったことがこれまでいくつあっただろう。それを無くすよう日々注意を続けてはいるが、お陰で決算書の作成はスムーズに進むはずもなくこの有様である。
 それでも文字通り山程あった書類作業も、もう大詰めだ。この書類の山を見て、まるでフルーレティの部屋だと言ったのは誰だっただろうか。


 入口でのやりとりが聞こえていたのか、部屋のなかへ戻ると机の上に僅かながらスペースが生まれていた。グレモリーが用済みの書類を見極め、端に除けてくれたらしい。

「うっかり溢してしまっては敵わんからな。もう少し退かすか」
「助かる。それならそこにあるキャラバンからの納品書はもう使わないだろう。片付けて貰ってもいいか」

 そういえば蜜を焦がしたような深い色をしていたなと、書類の下から久々に覗かせた机の表面を見てそんなことを思う。
 最後に見たのが遠い昔の事のようだ。
 グレモリーにコップの乗ったトレイを渡す。そこにはコーヒーがひとつと紅茶がふたつ、それと角砂糖の小瓶とスプーンが添えられていた。

「――あとは軽食と、こちらがフォカロルさんの分のコーヒーです」

 ふたたび部屋の入口に戻り、残りのトレイも受け取るとアイムはひとつだけ乗ったカップを指さしてそう告げた。
 湯気と共に、いつも飲んでいるブレンドの香りが鼻先をくすぐっていく。

「実はもう、お砂糖を入れてあるんです。その……勝手に入れてしまって、すみません」
「……先程、角砂糖の小瓶があった気がするんだが」
「あ、いえ。コーヒーを淹れているときに甘めにしてやってくれ、と言われたので。これだけはその場で加えちゃったんです。もし足りなければお砂糖、追加してくださいね」

 一応、好みで調整できるように少なめにはしましたから。アイムにそう言われ、思わずフォカロルは手元のコーヒーを見つめる。
 フォカロルの味の好みを知る者は少ない。そもそも偏食でもないし、特に好物もないからだ。
 ソロモンには話したことがあっただろうか。そもそもこのブレンドを飲むことは多いだろうが、その事自体を隠しているつもりはないので何人かは知っているかもしれない。
 他には、とフォカロルが思慮を巡らせていると、その様子を見てかアイムが鈴が鳴るようにちいさく笑った。隣に立つアリトンも、心なしか微笑ましそうにこちらを見ている気がする。なるほど、そういうことか。

「……わかった。ありがとう」
「あら? 誰からなのか、聞かないんですか?」
「見当が付くから大丈夫だ。礼も自分で言っておく」
「わかりました。残り、頑張ってくださいね」

 見当とは言ったが、どちらかと言えばこれは自身の願望に近いのかもしれない。
 まったく面倒なやり方を好むものだ。
 とにもかくにも、今は目の前の仕事を片付けなければ。冷めないコーヒーと共に、今夜はいつもより長く頑張れそうな気がした。


◇


 フォカロルの背中に、ひやりとした空気が触れる。
 重く閉ざされていた瞼をこじ開けると、そこには闇が広がっていた。目を開けているのか閉じているのか、一瞬わからなくなるほどの暗闇を前に、今がまだ真夜中であることを知る。
 ぼんやりとしている頭に浮かぶのは経費書類の山。
 そして夜食と、蝋の溶けるにおい。

 ……そうだ、無事に決算報告を終えられたのだ。

 部屋へ缶詰めになっていた怒涛の数日間を思い出すと同時に、倦怠感がフォカロルを襲った。
 それはそれは大変な数日間だった。今年から報告する項目が増えたのだとリストを書き直し、合わない個数に頭を悩ませ、何日も部屋にこもって細かい文字と睨めっこをしていたのだ。こうしてまともにベッドへ横になったのはいつぶりだろうか。
 そんなことを思いめぐらせていると、ふたたび夜の冷気が晒された肌を撫でる。やはり夜はまだまだ冷える。シーツを手繰り寄せようと手を伸ばし――――指先が触れた感触が普段と違っていることに、フォカロルは驚いた手を思わず引っ込めた。

「…………服、か?」

 ざらりとしたその生地をもう一度撫ぜる。
 どうやらそれはブランケットのようだった。眠る前の自分が、シーツではなくこれを掛けて寝たのだろうか。

――――思えば、いつから寝ていたのだろう。

 辺りを見回す。夜目を凝らして注視してみても、そこはいつも通りの自室が広がるだけだった。本来身体に掛かっているはずのシーツは、フォカロルの身体の下でぺしゃんこになっている。
 ブランケットはいつも椅子の背に掛けていて、就寝時に使用することはないのだけれど、何故ここにあるのだろうか。そもそもブランケット自体、使うようになったのはつい最近のことだ。
 この季節、夜はいっそう冷える。
 武器のメンテナンスを終えた後、何かと話し込む機会が増えて知った。フォカロルの部屋は大広間近くの部屋と比べるとだいぶ冷えるようだ。寒さには酒が効くからたまには一杯くらい飲めとうるさく言われた日もある。泥酔目的ではない嗜み方もあるのだと教えてもらった。
 そしてアルコールを飲まないのなら、体を温めるためにこれ使えと渡されて――――――ああ、なるほど。思い浮かんだ人物と、手元のブランケットを見比べ、頭のなかでカチカチとピースが組み合わされていく。
 次に机の上を見る。ランプの位置がわずかに動いていた。
 普段なら、こんなところから火をもらうのではなく、きちんと手持ちのライターを使えと説教していたところだろうけれど。
 ブランケットに顔を近づけ、深く息を吸い込んでみると、よく知った煙草のにおいがした。


◇


「カスピエル」
「――お、フォカロルやん。なんや久しぶりな気ィするなあ」

 翌日、フォカロルの探し人はアジトの渡り廊下でひとり煙草を吸っていた。風通しも良く中庭も見渡せるからか、ここで煙草を吸うメギドは多い。カスピエルもそのうちの一人である。備え付けられた石造りのベンチには腰掛けず、手摺りに肘を着く体勢で手元の煙草をくゆらせている。

「探していた。大広間に居なかったから、今日は不在なのかと思ったが」
「外で吸いたい気分やってん。今日天気ええしな」
「そうか。隣、いいか」
「ん」

 カスピエルは慣れた手つきでぐりぐりと葉巻の先を煙草ケースに押し付ける。以前はフォカロルの前でも気にせずに吸っていたように思うが、煙とともに会話するカスピエルを最後に目にしたのは、果たしていつだっただろうか。
 火をつけると甘い煙を漂わせる、その独特の香りの煙草をこの男が好んでいると知ったのは、もうずいぶんと前のことだけれど。

「ここんとこバタバタしとったやつ、終わったらしいやん」
「ようやくな。これで酒盛りの取り締まりに参加が出来る」
「うげ。そないなこと嬉しそうに言わんといてくれる」

 それで、何か用でもあったん。
 煙草を持っていない人差し指で下唇に触れながら、カスピエルの蜜のような瞳が問う。

「ああ。オマエに礼がしたくてな」
「…………礼?」

 きょとんとしているカスピエルを横目に、手にしていた紙袋の中からピンク色のリボンがついたキャンディを取り出す。目の前に現れた予想外のお菓子の登場に、カスピエルはぱちぱちと瞬き、次にフォカロルの顔を見て、最終的にはそのキャンディを受け取った。

「そのリボンは先程スコルベノトに勝手に巻かれてな。キャンディはきちんと店先で買ったものだから、安心しろ」
「いや気になっとるんはそこやないけどまあそこも気になっとったわ。誰の趣味や思った」

 けど結局わからんわ。礼って何?
 その声色にどことなくわざとらしさがにじみ出るようになってきて、やはり察しの良い男だ、とフォカロルは思う。本当はすぐ気付いているくせにとぼけたりする。調子に乗りすぎて羽目を外す部分は改善の余地ありと思っているが、この男の、周囲をよく見て立ち回ることのできる一面がフォカロルは嫌いではなかった。
 だからこそ。
 だからこそ、夜食を用意するタイミングで厨房に居て。細かく味の注文をすることができたのだろう、と思うのだ。
 そもそも、フォカロルの味の好みを知る者は少ない。偏食でもないし、好物も特にない。甘ったるいガルドブレンドをよく飲んでいることを知っている者なんて、さらに限られる。
 例えば、アジトで夜遅くまで会議を行っていた面々だとか。
 例えば、褒美に何か欲しいものは無いかと訊いてきた青年だとか。

「それは先日のコーヒーの礼だ」

――――例えば、倉庫の整理作業中にフォカロルが飲んでいたコーヒーを味見した奴だとか。

「………………あー。んーと。何や、気付いとったん」
「確信があった訳じゃないが、まあ、先程お前の顔を見てそう思った」
「は? どんな顔やねん」
「そういう顔だ」

 はあ? という怪訝な顔すら、どこか楽しげだと思う。気付いているくせに誤魔化して。これが手練手管の一種というなら、見上げたものだと感心する。
 今日は天気も良いし、大きな仕事も終えたばかりだ。
 あともうすこしくらい、この男との茶番を楽しむのも悪くはないだろう。

keyboard_return

Megido72

たからさがし/カスフォカ


 奏でられる音楽とさざめきが、いつもと違った装いの大広間にあふれる。

 挨拶もそこそこに始められた新年を迎える食事会は、いくつもの大皿に焼きたての肉や瑞々しい果実がこれでもかというほど積み上げられ、牧場から届いたばかりの新鮮な牛乳と、果汁で作った甘い飲み物が所狭しと並び、中央には野菜たっぷりの大鍋が食欲をそそる匂いをさせ、ここ最近では一番豪華なものとなっていた。
 テーブルの上を眺めながら歩いていると、薄くスライスした肉で包まれたやわらかな果肉が目に留まる。あまり見かけない料理だ。考案者はニスロクだろうか? 作り手のことを考えれば味の間違いはないと思われるが、その未知の組み合わせにカスピエルはとても興味を惹かれた。
 ひとつ摘まんで口に放り込むと、甘じょっぱい味が舌を刺激してなんとも言えぬ風味が広がる。肉の塩味が果肉の甘味を引き立て、一言で表すならば『美味しい』。これは良いツマミになる――と、手にしていたグラスを煽ったカスピエルは、舌で感じたその味に思わずげんなりとした。


 数日前、今回の食事会に関するルールが一部の大人たちによって決められた。
 『アルコールは夕方から』という、至ってシンプルなルールである。

 それはもう荒れた。荒れに荒れた。だって祝いの席だ。宴の場だ。やいのやいのと言い始めた酒飲みたちに、「子どもたちが誤って飲んでしまったらどうする」と主張した鬼教官の一言は、そりゃあもう、効果テキメンだった。その場にフォラスが居たことも大きかったのかもしれない。フラウロスはひとり最後まで抗っていたけれど、大多数の酒飲みたちはしぶしぶ折れ、せめて夕方から解禁する、という形に収まったのだった。
 お陰でカスピエルがいま持っているグラスの中身はしゅわしゅわと弾けているただの水である。酒ではなく炭酸水。これを悲しむなというほうが無理な話だ。
 さきほど「牛乳でも混ぜるか?」と笑顔で聞いてきたバラムからはうまいこと逃げおおせたが、メフィストたちは自棄になったのか、未知のワックワクでドッキドキな味変えチャレンジのために揃ってバーカンターのほうへ向かった姿を見たのが最後である。もしかしたら今頃、会場の隅で水でもがぶ飲みしているかもしれない。
――で、その厳しい取り締まりを決めた張本人はと言うと。

「……やっぱ、おらんなぁ」

 食事を摘まみ、行く先々で談笑し、それとなく会場内をうろつきながらしばらく探していたのだけれど。
 フォカロルの姿が、どこにも見当たらないのだ。
 開始直後には子供たちにお年玉を配っていたはずだ、と記憶を辿る。それから、どこへ行ったというのだろう。視線だけであたりをぐるりと見渡して、やはり見つからない尋ね人のことを想って、カスピエルは今日何度目かのため息を吐いた。


◇


「――フォカロル? 下準備のときは手伝ってくれたけど、もういないわよ。それよりちょうどいいところに来たわねカスピエル、それもう出来上がってるから、向こうのテーブルまで運んでくれない?」

 ジュウジュウと油の跳ねる音がする厨房はまるで戦場だ。
 ウコバクが鍋の火を見ていて、その横をつまみ食いしたダゴンと犯人を追いかけるニスロクが駆けていく。フルフルはいくつかのスパイスをレシピも見ずに調合しているようだった。各人が慌ただしく準備をしているなか、隙を見つけアミーに声を掛けると、彼女は盛り付け用の皿を並べながら手前に置いてあった大きな蒸篭を指さし、持って行って欲しいとカスピエルに言う。
 中には、こねた小麦粉で肉を包んだものがたくさん入っているらしい。蓋を開けるとぶわりとおおきな蒸気のかたまりが立ち上って、カスピエルはうっかり火傷をするところだった。

「やることがあるって言ってたわよ。何か、子供たちにあげるものがあるとかで。あ、戻ってくるのは面倒だろうし、蓋はここに置いていって」
「ほい。んー、そんなら俺も見たなあ」
「そのあとはこっちに戻ってきてないわね。他を手伝ってるのかもよ?」

 宴席開催で多忙極める料理当番の手伝いでもしているのでは、という予想はどうやら外れたようだ。いや、正確には半分当たりで、半分外れといったところか。厨房以外の手伝いとなると、残念なことに心当たりはいくつもあって、それだけで途方も無さを感じる。あの仕事人間は、休むということを知らない。

「それは食堂に持っていってね。もしかしたらフォカロルも、大広間じゃなくてそっちに居るかもしれないわよ」

 ウィンクしながら添えられたアミーの言葉は、確かに一理あった。今回は参加者の人数も多く、食堂だけでは手狭だということで大広間も会場として使っている。カスピエルが先ほどまで居たのは大広間のほうだ。
 とにもかくにも、まずはこの料理が熱いうちに食堂まで届けなければ。フォカロルとも単に入れ違いで、運んだ先で会えるのならそれに越したことはない。どうやらアテを順番に回るしかなさそうやなあと覚悟を決め、アミーに礼を伝えたあと、カスピエルは三段重ねの蒸篭を抱え厨房を後にした。


「ねーねー、それなーに?」

 厨房から食堂までの道すがら、重なっている蒸篭を崩さないよう慎重に歩いていると、匂いにつられたのか、セーレとジズが懸命に首を伸ばしながらカスピエルの後をついてきていた。

「このあと出す予定のびっくりメニューやで」
「びっくりメニュー?」

 蒸篭を落とさないようバランスを取りつつ屈み、ふたりに目線を合わせる。これはアミーの故郷の郷土料理で、中身は秘密なのだと伝えると、案の定「気になる!」とはしゃぎ始めたふたりにカスピエルは一緒に食堂まで行くことを提案した。秘密と聞くとワクワクするものなのだろう。三人で歩きながら、そういえばこのふたりはフォカロルからお年玉を渡されていたなあと思い出す。

「せやふたりとも。朝、こっそりえーもん貰てたやろ。アレ、何が入ってたん?」
「えー! 何で知ってるの?」
「大人にはな、なぁんでもお見通しなもんなんやで」
「えっとね、あのね、これ!」

 きっと、今朝から誰かに話したくて堪らなかったのだろう。目を輝かせ、顔をほころばせたジズの手には、ちいさな鍵がひとつ握られていた。古びたようなデザインを模したそれはたしかに鍵の形をしていたのだが、細部まで見てみるとどうやら玩具のような、実際には使用できないもののように思えた。

「……鍵?」
「ボクのはこれだよ! 宝の地図!」

 カスピエルが首を傾げて見ていると、次いでセーレが黄ばんだ古紙を広げて見せてくれた。そこにはインクで図面が描かれており、その形はこのアジトの構造と似ていて、ところどころに印が書き加えられている。
 鍵と、地図。そして印。――ああ、なるほど。と、カスピエルには合点がいった。
 要は、宝探しか。どうやら子供たちにはそれぞれ違うアイテムが与えられ、アジト内に隠された秘宝を探し出す類の遊びでもしているのだろう。
 てっきりあの手作りの袋の中身はコインだろうと思っていたから驚いた。いつの間に準備をしていたというのか。飽きやすい子供たちのために、わざわざ企画を用意するなんてよく考えるものだと感心する。

「ほーん。せやからふたりでおったんか。もうお宝は見つかったん?」
「まだだよ! でもちょっとお腹がすいたから、戻ってきたんだ」
「そうなのっ」

 やる気に満ちあふれ、目をきらきらと輝かせているちいさな冒険者たちのために、カスピエルはアイテムを授けてやろうと決めた。言われた通りテーブルに蒸籠を置いてから、触れても火傷しないことを確認して、ふたりに好きなものを選ばせてやる。ほかほかで、真っ白で、中身がわからない不思議な食べ物を前に、ふたりの高揚感はさらに高まったようだった。
 ちいさな冒険者たち曰く、ほかにもキマリスやブエルなど軍団の子供たちが皆参加していて、誰が先に見つけるかを競っているらしい。モラクスは片っ端から扉を開け、アモンがそれに付き合わされているのを見たという。けれども、どこか楽しそうだったと笑顔で話すセーレの言葉に、これは発案者に聞かせてやりたいやつやなあなどと思いながらカスピエルは耳を傾けていた。

「っちゅーか、それを渡したフォカロル本人は今どこにおんねん。やるだけやって放ったらかしなんて、監督不行届やん」
「『カン』……、なに?」
「カスおにいたん、フォカおにいたんのこと探してるの? ジズのカギ、つかう?」

 純真無垢な瞳をして尋ねてくる冒険者に、不意をつかれてカスピエルは瞬く。差し出されたちいさな手の先で、玩具の鍵がゆらゆらと揺れていた。見つめていると、どこか足元までもがぐらついたような気がした。

「おおきに。けどたぶん、ジズの鍵とは違う気ィするわ。それは宝箱見つけるまで、ちゃあんとジブンが持っとき」

 それがポータルキーで、フォカロルの元へ連れていってくれるならええんやけど。
 ぐるりと食堂内を見渡す。残念ながらそこに、フォカロルの姿は見えない。
 やはり人探しには鍵なんて存在しないのだ。なにせ宝の地図だって、いま自分で描いているようなものなのだから。


◇


「えっとえっと、図書室にはまだ誰も来てないですぅ」
 とは、分厚い本を数冊積み重ね、危なっかしく運んでいるアンドロマリウスの回答。

「今日はいらしてないですね。そろそろ酒に酔った馬鹿たちがハメを外して、理解のできない所に傷をつくって、その手当の付き添いでなら来ることもあるかもしれませんけど」
 とは、釘を刺すような視線を送ってくるバティンの回答。

「フォカロル? いいや来てないぜ、今日は警備の当番でも無かったはずだ」
 とは、ポータル前でモフたちと新年の挨拶を交わしていたサブナックの回答である。


「――ほんっまに、どこ行きよったんアイツ」

 図書室、医務室、ポータル。食堂でジズたちと別れてからすぐ見て回れる範囲で確認したものの、結局フォカロルの所在はわからないままだった。
 口を開けば真っ先に説教が飛び出してくるような男だ。その声で居場所がわかることもある。けれども今日ばかりは、あのうるさい説教のせの字すら聞こえきそうになかった。

「おーすカスピエル。何処行ってたんだよ、乾杯しようぜ!」

 カスピエルがふたたび大広間へと足を踏み入れると、人混みをうまく避けながらグラシャラボラスがグラスをふたつ手にやってきた。豪快に歩くから、黄金色をしたジュースが今にも飛び散りそうで危なっかしい。片方はどうやらカスピエルの分のようだったので、目配せして壁際へと誘導した。
 それにしても目立つ男だ。自慢のリーゼントは今日も決まっている。けれどそれだけではなく、グラシャラボラスは此処に居るという存在感をつよく放つ男だった。
 フォカロルも、いつもならすぐに見つけられる程の存在感があるというのに。
 なにも物足りなさを感じている訳ではないのだけれど。もう耳慣れてしまったあの叱り声が聞こえてこない日常というのは、何処となく落ち着かないものなのだとカスピエルは知った。

 おーきに、とグラスを受け取るとともに、グラシャラボラスの持っているものに当ててカツンと乾杯をする。
 思えば、今日はまだ乾杯の一杯しか飲んでいなかった。せっかくの宴で、こんなにも豪勢な料理を目の前にしておきながら、俺としたことが。しかも酒ではなく炭酸水ときた。それもこれも、すべてフォカロルのせいである。アイツの姿が見えないから――っちゅーかそもそも、何で探してたんやっけ。

「いやー、まっさか今日に限って依頼が入っちまうとは思わなかったけどよ、無事に間に合って良かったぜ!」
「ああ、最初おらんかったもんな。仕事お疲れさん」
「おうよ。俺のレジェンドな走りならこれくらい朝飯前ってやつだぜ。帰りは下り坂ばっかでな、大分時間も巻けたし予定よりも早く帰ってこれたワケよ」
「ほーん」

 グラシャラボラスの話を聞きながらグラスを口元で傾け、こくりと飲み下す。

「まあ、まだ始まったばっかやし食べ物もぎょーさん残っとるし。十分楽しめると……」
「ん? どうした?」

 喋りながら、言葉の途中で声がすぼんでいくカスピエルの様子を見て、不審に思ったグラシャラボラスが眉を顰めた。
 カスピエルは手に持ったグラスを見つめた。もう一度、味わうように唇を舐める。ふたたびグラスを煽る。弾ける泡が口内を刺激して、それと同時に、鼻腔をくすぐるようなアルコール臭が広がる。

「……これ、酒やないか」
「何だよ。嫌いな味だったか? 酒なら何でもイケるんじゃねーかと思って持ってきちまったぜ」
「ちゃうわ。……グラシャラボラス。ジブン、いつアジトに着いたん」
「いつってーと……二十分くらい前?」
「んで、この酒どこから持ってきてん」

 ゆらりと飲みかけのグラスを揺らしながら、カスピエルの思考がぐるぐると巡る。
 これは酒だ。口をつけるまで、ジュースを炭酸で割ったものかと思っていた。
 それに、いま出されている飲み物のなかに酒類は無いはずで。酒は日が暮れてからだ、と前日にしつこく言われたから、幻聴すら聞こえてきそうな程そのルールのことはよく覚えている。もちろん言ってきたのは尋ね人であるフォカロル本人だけれど、今はまだ太陽が真上で惜しげもなく輝いている真昼間で、それなのにもう酒が出回っているという。

「あっちあっち、バーカウンターでな。ジュースと間違えて子供たちが持っていかねえように酒だけ別にしたんだってよ、フォカロルが」
「ッ!? ゲホ、ケホッ」

 今まさに思い浮かべていた人物の名前が耳に飛び込んできて、カスピエルは思い切り咽るハメになった。

「な、何て?」
「おいおい大丈夫かよ?」
「何て?!」
「だから、フォカロルが置き場所つくったんだよ。カウンターに」

 まさか大広間にずっといたのだろうか。言われたほうを見やれば、バーカウンターの前でメフィストたちが酒樽の蓋を叩き割っているところだった。カコン。大広間に響く音楽に混じって、木の軽い音が響く。
 だがそこに、フォカロルの姿は無い。

「あの酒樽、護衛してたキャラバンが今回の礼だつって譲ってくれてよー。新年めでたいってんでな。俺がうっかりここまで持ってきちまったからフォカロルが怒ってたんだけど、面倒だからもう出すんだと。珍しい酒らしいから、あとでお前も飲んでくれよ、なっ!」
「………ああ、そう。ほな、そうさせてもらおかな」

 眩暈がする。これでは宝探しではなく、まるでイタチごっこだ。
 地図も鍵も渡されず、しかも宝箱が自ら動いているとなれば、どんなトレジャーハンターでも難しいのではないだろうか。いつもみたいにうるさく説教でも発していれば見つけやすいというのに、今日の鬼教官は自重だか隠居だかを選択しているらしい。
 グラシャラボラスに手渡されたグラスの中で、しゅわしゅわと小さな泡が弾けて消える。今日はもう会えないような気がしてきた。そもそも、探してた理由もよく覚えていないのだ。それならば――。
 カスピエルが物憂げに黄金色の酒を揺らして眺めていると、突然グラシャラボラスが笑った。

「なんやの」
「いや、悪い悪い。俺が着いたあと、キャラバンの荷物を倉庫に運ぶって言ってたぜ。たぶんまだそこに居るんじゃねえかな」
「……何?」
「フォカロル。探してるんだろ?」

 何も今やらなくても良いだろって言ったんだけどよ、と続けるグラシャラボラスの声が、スカスカと右耳から左耳へと抜けていく。
 どうしてバレたのかなんて、もうどうでもよかった。カスピエルは無意識に右手を高く掲げていた。それを見てグラシャラボラスも、首を傾げながら同じように手を掲げる。
 バチーン!
 両の掌が重なって、乾いた音が、音楽隊の演奏に張り合うように鳴り響く。ふわふわとした足元が、しっかりと固まったような心地になる。

「ナイスやで、グラシャラボラス! 鍵はお前やったんやなっ」
「おお? よくわかんねーけど、よかったよかった。フォカロルに会ったら、礼言っといてくれな」

 地図の作成は終えた。鍵も手に入れた。あとは足の生えた宝箱が、その場から動いていないことを祈るばかりである。
 あのアホ、なんで新年早々労働しとんねんという文句は喉元まで出かかっていたけれど、泡の弾ける酒で流して一気に飲み込むことにした。


◇


 大広間の喧騒が嘘のように静まり返った通路の奥に、人の気配は感じられない。冬の冷えた空気は澄んで、靴底が石造りの廊下を叩く音を遠くまで響かせる。
 半開きになった倉庫の扉の前。カスピエルは着いてすぐにその戸を叩くことなく、ひとり頭を悩ませていた。

(……後先考えてなさすぎやろ。ガキかほんま。)

 カスピエルが探していた宝箱は、まだ倉庫にあった。正確には『居た』。
 人が朝からずっと探し回っていたことなんていざ知らず、品物を検品し、帳簿に個数を記入して、箱から棚へと運び、また箱から取り出して記帳に戻るという、いつもの仕事を黙々とこなすフォカロルがそこに居た。違うのは、彼が今日の食事会に合わせた衣服をきちんと身に着けていることくらいだ。
 あれはカスピエルが申し出て、フォカロルに見繕ったものである。機能性を重視した衣服しか持っていない彼に、それらしい理由をつけて何度か衣服を贈ったのはもちろん好意を寄せてのことだったけれど、こうして律儀に着てくれている姿を見ると、受け入れられたようで心が満たされる。
 もちろん、埃臭い倉庫で作業をする際に着る服ではない。木箱に引っかけてお高い布を駄目にしたらどないすんねんあいつ、と。
 そんなことを考えながら、はや十分。
 カスピエルはやっぱり、頭を悩ませていた。

――理由だ。フォカロルに会いに来た、理由が無かった。

 そもそも。姿が見えないと心配していただけだ。いつも聞こえてくるあのうるさい声が無かったから、いつもならすぐ目に入るあの鬼教官がアジトのどこにも居なかったから、気になっていただけだ。ただそれだけで、何も急ぎの用があったわけではない。
 だからカスピエルはわからなくなってしまった。考えなしに動いていたから、倉庫の前に着いてからしばらく、扉の前で立ち往生するハメになってしまった。何せ相手は合理主義の鬼である。これまで不審に思われないよう、あれやこれやと理由を用意して傍に居る時間を作ってきたというのに、これではとんだ失態だ。
 帰ろう。
 一旦、大広間にでも戻って、それっぽい理由を探して、それからまたここに来ればいい。

 そうして踵を返したカスピエルの背に向かって、低く、つよく訴える声が「――おい、」と呼び止めた。

「ッ?!」

 予想外に投げ掛けられた言葉に焦ったカスピエルの腕が、半開きになっていた倉庫の扉に当たって、無情にもギギギィ………………と軋みながら開かれていく。まさか。まさか、気付かれているとは思っていなかった。倉庫にはひっそりと近づいたつもりで、ずっと息も潜めていたのに。
 我に返った時にはもう、全開になった倉庫の扉から一直線に、件の人物が眉間に皺を寄せながら夜の色をした瞳でカスピエルを見ていた。


「先ほどからそこで何をしている。気が散るから、用があるなら入って来い」
「……何や、バレとったん?」

 平常心を装いながらカスピエルが倉庫の入り口を潜ると、その姿を一瞥してからフォカロルは帳簿へと何かを書き込んだ。小さく「……さん、」と聞こえたので、おそらく個数の記入がまだだったのだろう。カスピエルが扉の前でじっとしていたことになんて興味はないのか、さらさらとペンを走らせながらフォカロルは淡々と会話を続ける。

「バレバレもなにも、オマエの足音はもう覚えているからな。聞けばわかる」
「……そんなやかましい特徴的な歩き方しとらんやろ」
「だからわかるんだ」

 もう外されてしまった視線は手元の書類に注がれていて、俯いているその表情はよく見えなかったけれど、声の抑揚からフォカロルが微かに笑ったような気がした。「それで、用件は何だ」カスピエルが適当に誤魔化す前にそう言われてしまっては答えるほかなく、それでもいつもなら素早く回ってくれる頭が、今はどうにも鈍くこれっぽっちも役に立たない。結局、カスピエルは降参することを選んだ。

「……どこにおんのかなー思うてな、探してたんや」
「そうか」

 素直にそう伝えると、フォカロルはもう一度こちらに視線を寄越してわずかに口元を緩めた。必要事項を書き終えたのか、今度はペンを机の上に置いて検品作業を再開させる。
 どうやらそれは最後の一箱のようだった。帰れと言われる様子もないので、カスピエルはその場で待つことに決める。いつもなら気にならない沈黙に、今はすこしだけ居心地がわるい。

「っせやジブン、子供らに宝探しやらせとったやろ。こんな所に居てええんか」
「なんだ、知っていたのか。あれはウァラクたちと考えたものでな。もしものときの助けになるよう、各所で大人たちが待機しているから問題はない。俺もこのあと戻るつもりだ」

 動かす手を止めることなく、整理をこなしながらフォカロルが経緯を話し始める。
 聞けば指揮官クラスの大人たちは皆知っていたらしい。考えてみれば当然のことだ。きっとこの男のことだから、宝探しの報酬もそれなりのものを用意しているのだろう。今回の物資の補充だってもしかしたらこの為に依頼したのかもしれない。だからといって、賑やかな大広間から離れた倉庫で、こうしてひとり対応する必要はないだろうに。

「競争してるんやー言うて、張り切っとったで。あれ、仲間で協力せんと解けないやつなんやろ?」
「そうだ。協調性を育む思考訓練と実践を兼ねている。今頃、誰かしらがゴールしている頃合いだろうな」

 ちなみにゴールは図書室だと言う。それを聞いて、先ほど出会ったアンドロマリウスの慌てようを思い出しひとり納得していたカスピエルは、目の前に突如突き出されたボトルに思考を戻すのにしばらく時間が掛かった。

――ちゃぷり。

 渡すような素振りでフォカロルが軽くそれを揺すると、深い菜種色をしたボトルのなかで液体が音を立てる。
 ええと。……何でボトル?

「東の方で、新年にこういった酒類を皆で飲み、無病息災を願う風習があるらしい」
「さけ、」

 鬼教官に似つかわしくない言葉が飛び出てきて、思わず手元のボトルとフォカロルの顔を見比べると、それが気に障ったのか、フォカロルはちいさな口を一度む、と寄せてから喋り始めた。

「先日、辺境の駐屯地を訪れた際にそんな言い伝えを聞いてな。……オマエへの贈り物にいいと思ったんだ。キャラバンに依頼しておいたんだが、無事に届いて良かった」

 いいか。あくまでこれは俺が個人的にオマエに渡したものだからな。他の奴らには言うなよ。それに酒は節度をもって飲むものであって、普段のオマエの飲み方は――。
 いや。いやいやいや。
 なにかフォカロルがくどくどと言っているが、脳がうまく処理をしてくれない。
 宝探しの経緯はわかった。でもこの酒を、カスピエルが贈られる経緯がわからない。これはグラシャラボラスが護衛していたキャラバンが積んでいた荷物だと聞いている。たまたま酒を譲って貰ったから運んできたのだと、彼は得意げにそう話していなかったか。

「贈り物、て」
「まだ礼をしていなかっただろう。この服の。いつかはしなければと思っていたんだが、思っていたよりも遅くなってしまった。すまない」

 いつまでも受け取らないでいるカスピエルの胸に、酒瓶が押し付けられる。
 フォカロルから手渡された酒の冷たさと重みが、手のひらから体の奥へと伝わっていく。冷たいはずなのに、熱い。先程一気に流し込んだお酒が染み込んで、しゅわしゅわと泡がはじけているような、じんわりと熱が広がるような、むず痒い刺激とあたたかさが胸を占めて苦しい。

「あー…………アカン。アカンわ」
「生憎、酒の銘柄には詳しくなくてな。なるべく何人かにアドバイスを貰ってから選んだつもりだったんだが、オマエの嗜好に合わないものだったらすまない」
「ちゃうわボケ」

 ボケはどちらだという話である。ようやく見つけた宝箱を前に、会う理由が無いと立ち尽くしていた自分が馬鹿みたいだ。
 普段酒を飲んでばかりいるなと小一時間説教してくる説教魔人のくせに。
 合理主義で、飴と鞭で言うなら鞭ばっかりな男のくせに。
 こういう時に限って、カスピエルの欲しそうなものを考え、与えてくる。なんて狡い男なのだろう。

「フォカロル。今夜、これ持って部屋行くから」

――だから鍵、開けといてな。

 やられっぱなしは性に合わないと抱き寄せた腰、近づいた顔。腕の中のフォカロルの耳元でそう低く囁いて、びくりと大袈裟に揺れた肩を見たカスピエルは満足気に夜の算段を立て始めた。

keyboard_return

Megido72

酔いどれの行先/カスフォカ


 全身が重力に従って、どこまでも下へと沈んでいくようだ。
 素肌に触れる麻布が心地良い。木の軋む音を聞いて、なるほど今自分はベッドに寝ているのかと、たっぷり十秒程掛かけてからフォカロルは思い至った。瞼を赤く焼くような陽の光は感じない。まだ夜の帳は下りたまま、冷えた空気が床を這う時間なのかもしれない。
 珍しく身体を動かすのも億劫だった。どろりとした熱が、頭の奥を覆い隠してしまったかのように思考が鈍る。下へ、下へと、ベッドに吸い寄せられている感覚に陥って、焦った脳が酸素を求めた。

「…………っは……」

 吐き出される息は生温い。空気の冷たさを舌で感じる。けれど、どこかおかしい。
 指先で触れるざらつきは普段眠るときのシーツの質感に似ている。風や虫の音は聞こえてこないが、代わりに響いているあのざわめきはきっと、毎晩のように耳にしている大広間の酒盛りのものだ。
 今夜も騒いでいるのか。睡眠の妨げになる程の宴会は辞めろと、また注意に行かなければ。
 だがその騒ぎの声に、どこか距離を感じる。
 いつもこうだっただろうか。今、自室に居るのではないのだろうか。想定していた状況が揺らいで、一気に現実に引き戻された気がしてくる。
 やはりどこかおかしい。熱に浮かされた脳が思考を阻むことも、舌先が冷気を気持ちがいいと感じることも、いつも通りではない。大広間の声だって普段はもっと近くに聞こえてくるはずだ。それを聞いて、夜更けに騒ぐな静かにしろと治めに行くのはいつだってフォカロルの役目だった。自室の場所は、そういったことを見越して希望を出したのだ。
 つまり、……つまり此処は、何処だ?


「――なんや、起きたん」

 焦燥感に駆られたフォカロルが身じろぎすると、すぐ近くで甘ったるい声がした。絡みつくようなその声は、どこか疲労が滲んでいる。
 誰かいるのか。今の今まで、気が付いていなかった。敵意は感じないものの、眠るという、あまりにも無防備な状態で居ることに途端に全身が強張る。すぐさま目を見開いても、夜目では暗闇が広がるだけだった。
 早く起きるんだ。距離を取って、素早く構えろ。そうは思うのに、身体が言うことを聞かない。腕をついて上体を起こす、それだけのことがなぜか出来ないで、フォカロルはぐわりと頭が揺れるのを感じた。まるで頭のなかで鉛が動いているかのようだ。

「……ぃ、ッ……」
「あー……。頭痛いやろ。そらそうや、あんな度数の高いもんストレートで飲んだらあかん」

 いやまあ飲ませたんは俺らっちゅーかメフィストっちゅーかまあいや俺が止めたらよかったんはほんまにそうなんやけど鬼教官サマがここまで弱いのも予想外やったっちゅうか――
“頭が痛い”。そう言われて、たしかにこれは頭痛なのかもしれないなと、遅れて思考が手繰り寄せられる。けれど、実際のところ痛みを感じているのか、フォカロルにはわからなかった。
 ろくに働かない頭でわかるのは、手が冷たくて気持ちがいいということ。汗で額に張り付いた髪を払おうとしてくれているのか、手がわずかに触れて、それだけでも火照った体には心地良い。
 そして、

「せやから悪いんは――」
「……カ、スピ……る……」

 この手が、誰のものなのかを知っていた。
 先ほどから、傍でぶつぶつと何かを言っていたその男の長い髪が、暗いところでも目立つ色だとずっと前から思っていた。自由にあちこちに跳ねる鮮やかな髪色を、夜のなかで見るその色を、フォカロルはもう何度も目にしている。
 カスピエル。ぼやけた視界でそう呼ぶと、男が息をのんだのがわかった。

「……堪忍してや、ほんま」

 それにしても、何故オマエがここに居るんだ、と。フォカロルはそれを聞きたかっただけだ。
 ついでに、度数というのは酒のことかと、他人に飲酒を強要するとは一体どういうことかと、お前たちが勝手に酒を嗜むこと自体は構わないが、いやそのことに関しても倉庫から無断で酒を持ち出すな自分たちで用意しろと再三注意しているにも関わらず改善されない件について説教をしてやりたいところだが、今問題なのはそこではなくてだな、と、くどくど言葉を並べようとして、実際のところ口から発することができたのは意味の分からない音だけだった。
 相変わらず頭は重たく、そして身体が重く感じる。
 どうやら酒を飲まされたらしい。そして身をもって知ったが、これは、かなり酔いがまわっているのだろう。

「――フォカロル」

 カスピエルが動いた気配を感じたのと同時に、腰辺りにずしりとした重みを感じた。目で追うと、天井を背にしたカスピエルがこちらを覗き込んで、ちいさくため息を吐いている。毛束がいくつかたらりと垂れて、まるでカーテンだと思った。
 やわくフォカロルの髪を撫でていた手が輪郭を確かめながら頬をたどっていく。ピアスに触れて、首筋をなぞって、鎖骨を越えた先でパチン、と器用に金具を外す音がした。
 胸元の着衣の隙間に入り込んだ指先が好き勝手に肌を往復すると、火照っているからか、そこだけメスで切られているかのように冷たく、鋭く感じる。びくりと身体が勝手に跳ねてしまう。酔うとは、酒を嗜むということは、こんなにも自制が効かなくなるものなのだろうか。

「あんまし、ええ反応せんといて。あとで説教されたかないねん」

 唇に吐息がかかる距離で、カスピエルがなにかを言っている。あーもー何遍脱がせても全ッ然わからへんわ。この服どないなっとんねん。
 カチャカチャと金属音を立てながら、同時にフォカロルの身体から窮屈さが消えていく。最後にバサリと遠くの方で何かが床に落ちた音がして、それを合図にカスピエルがフォカロル、と呼んだ。


「――んっ⁈ ん、ぅ」


 顎に手が添えられたかと思ったら、そのまま口内に生温くて冷たい何かが入ってきて、突然のことに息ができなくなった。唇の端からびちゃびちゃと溢れたそれが水なのだということを、混乱した脳が、唇が、ふたたびカスピエルを口内へ迎え入れて認識する。

「ん、んっ……ふ、はぁ……ッ」
「っ……は、……どんだけ濃いヤツ飲まされとんねん。酒の味しかせん」

 口移しされた水をこくりと飲んで、わずかに咳き込む。おおきく息が吸いたくて開けた口に、また舌が差し込まれて歯列を奥から順になぞり始めるものだから、力の入らない腕で押し返したけれどびくともしない。
 ただでさえ熱いのに、頭もぼうっとして重たいのに、追い打ちを掛けるようなことをしないでほしい。うまく使えない舌を絡めとられて、ずくりと腰が重たくなる。
 カスピエルのキスはしつこい。そして、本音を言うと、きもちがいい。
 別の水音がするまで好き勝手に口のなかで暴れていった舌が名残惜しそうに離れて、餌をせっつく雛のように後を追ってしまう。そろそろやめとくわ。そう言ってキスの最中に乱したフォカロルの髪を撫でつけながら、カスピエルの唇が額に触れる。

「ここは俺の部屋さかい、ジブンはぐっすり寝とき。そっちの部屋よか静かやろ。わざわざ運んだんやから、感謝したってな」

 朦朧とする頭で、ひとつの答えにたどりつく。

――なるほど、オマエの部屋だったのか。

 フォカロルはそう返したつもりだったけれど、きちんと伝えられたのかどうか、それを判断するよりも前に、安堵から肢体が緩んで、警戒心も思考も、ずぶずぶと白い海に沈んでいった。


◇


 アルコールを入れた身体は深い眠りが訪れるようでいて、その実眠りを浅くする。
 チチチ、と窓の外で鳥が鳴く声を聞いて、朝が来たのだと、フォカロルの意識がまぶたを押し上げた。
 カスピエルの部屋はすぐ外にある背の高い木々が光を遮ってしまうから、陽が昇っても部屋は仄明るい程度で、今が何時なのかをわからなくさせる。きっと、まだだいぶ早い時間なのだろう。
 ぐっと腕を伸ばしながら部屋を見渡すと、床の上に衣服が散らばっているのが見えて、フォカロルは思わず顔をしかめた。今身に着けているものを確認しても現実は変わらず、どう見てもそれは自分の服に違いなくて、その雑な扱いにため息も吐きたくなる。

――昨夜、無理やり酒を飲まされたらしい。

 おぼろげながら、そう説明をされたような、されなかったような、そんな曖昧な記憶よりも痛烈に、いま目の前に広がっている光景に事実を突き付けられる。
 乱れた着衣、シーツ、そして次に寝相が悪く投げ出された男の手足が目に入って、散らばっている髪色は昨夜よりも鮮やかに映った。いつの間に隣に寝ていたんだ、コイツは。

「――カスピエル。起きろ」
「んん、…………」
「おい。寝直すな。もう起きているんだろう」

 むき出しの肩を揺り動かすと、低い声で唸りながら、陽の光を憎むような目をしてカスピエルが覚醒する。大広間の床で眠りこけていないだけ増しだと言いたいところだが、半脱げのシャツはぐしゃぐしゃで、髪も乱れ放題だ。二日酔い一歩手前の酷い顔をしている。
 半身を起こしたカスピエルが、隣に居るフォカロルの姿を目に留めてふにゃりと笑った。
 おはよーさん。
 ああ、おはよう。
 ほなそういうことでおやすみ。

「――おいッッッ、寝るなと言っているだろう!」
「あーもー、やめぇや! こちとらジブンと違て明け方まで飲んでたんや!」
「それは自業自得だろう! 朝は活動する時間だ!」

 性懲りもなく惰眠を貪ろうとするカスピエルからシーツを引きはがし、喝を飛ばそうとすると、フォカロルは説教するんやのうて俺に感謝するべきやで、と酒に灼けた声が訴える。

「ちゃんと水、飲ませてやったやん。頭痛とか、あんまし無いやろ? 酒を飲むときはな、水とセットがジョーシキやで」
「……っ!」
「ああ、なんや。覚えとるやん。記憶は残るタイプなんか、ジブン」

 大袈裟に反応してしまったフォカロルを見て、目を細めて意地が悪そうな視線を向けるカスピエルを前に、感情が乱れる。脳裏を過っていく情景を振り払い、自身の体調に意識を向けると、活動に支障が出る程ではないのは確かだった。昨晩はそのことに悩まされていた気もするのだが、それほど頭が割れるような痛みもない。
 本人が言うように、これはカスピエルが水を飲ませてくれたお陰でもあるのだろう。
 他人の服を無造作に床に投げ捨てたこと、明け方まで飲んだくれる夜を過ごしていたこと。いくつも説教をしたい種があるのだけれど、カスピエルが言うことも一理ある。礼は伝えるべきだ。……方法については、納得いっていないが。
 とりあえず感謝している、と伝えようとして、フォカロルはふと思い留まる。

「……いや、待て。そもそもお前たちが酒盛りをしたからこんなことになっているんだろう。そうでなければ俺は酒で酔い潰れることも無かったし、介抱される必要もなかった。違うか」
「それはもうしゃーないやん。大人の男の嗜みやさかい。そろそろ説教は諦めたらどないや」
「しょうがないとはなんだ! 正せるものは正せ!」

 前言撤回。
 感謝と説教をのせた天秤の傾きを尊重して、フォカロルは朝食の時間まで説教をすることに決めた。
 途中、カスピエルが何度か「もう人前で酒飲んだらあかんで」などと宣っていたが、そんなことは自分がよくわかっている。不覚になってあんな風に介抱されるのはもう御免だ、とまたしてもよみがえった情景にフォカロルは舌打ちをする。
 酒で消えてくれなかった記憶を搔き消すように、一層声を張り上げた。

keyboard_return

Megido72

だって共犯じゃないか/カスフォカ


「……っクソ!」

 ざぱん、と思ったよりも大きな音を立てたそれに焦って部屋の中に視線を向けるも、聞こえてくる寝息は変わらず一定のリズムを刻んでいた。
 憎たらしいやら気恥ずかしいやら。朝日が差し込むベッドの上、そこに見える鮮やかな髪色と肌の色に、フォカロルは昨晩の情事を思い出して心臓が暴れそうになるのを深く息を吐くことで整える。

――カスピエルと何度か寝た。

 寝たというのはつまり、文字通りの意味ではなく性行為をしたということだ。
 ヴィータの身体が快感を得るのに適した造りをしているという認識はあった。そこに性別による垣根も関係ないのだということは騎士団に入団してから知った。ただ、この男が同じ男を抱くことができて、無駄にしつこいセックスをすることはつい最近知ったことだ。
 バスタブに投げ込んだシーツを乱雑に揉むと、ざぶざぶと音を鳴らしながら泡と水が飛び散る。
 フォカロルがアジトの個室に備え付けられているバスタブを使うことは滅多にない。節約と効率を考えた結果である。共同浴場を利用することに嫌悪感は無いし、長年大所帯で生活してきた経験でそれが一番合理的であると分かっているからだ。今では専ら、バスタブは洗濯桶と化している。
 何度か揉み洗いを繰り返して、シーツを強く絞るとボタボタと大きな水滴が零れ落ちた。陶器製のバスタブを叩く音はそれなりに響くのだろう。部屋の奥、ベッドの上の塊がもぞりと動いた気がして、フォカロルはこの件をどう説教してやろうかと思慮を巡らせた。


◇


「言うほどいっつも汚してへんやろ。俺セックスは下手くそやないで」
「そっ……ういう話をしてるんじゃない! なら昨日マジックオイルをぶちまけたのは何故だ?!」
「滑りが良うなって気持ちよかったやろ?」
「……ッ」

 準備も無く行為をすれば後片付けが面倒になる。集団生活において隠し通すことは難しい。ならば相応の対策が必要だ。予めわかっていれば湯を用意しておくし拭うための布切れだって置いておく。なのにどうしてオマエはふらりとやってきて急に始めようとするんだ! 事前に了承を得るということが何故出来ない!

 ……というフォカロルの説教は、寝起きのカスピエルにとって、残念ながら右の耳から左の耳に抜けていってしまったらしい。あまつさえ明け透けな物言いで昨夜のことを思い起こさせるから、フォカロルは集まる熱に耐えるよう思わず唇を噛むしかなかった。
 そんなフォカロルを尻目に、ふあ、とカスピエルが大きく欠伸をする。

「……なんや起きたばっかで頭働いとらんし、ようわからんけど、セックスのとき机の上にマジックオイルが置いてあったらそら使うやろ」
「ッ馬鹿! これはメンテナンス用のオイルだ!」
「ソウイウ時にも使える便利なもんやて、騎士団で習わなかったん?」
「な、習うわけないだろ! というかそういう話をしてるんじゃない! いや、勿論無断で他人の所有物を使うなという件についても言いたいことはあるが……っおい、ちゃんと聴いているのか?!」

 乱雑に手櫛で髪を整え始めたカスピエルが、マジックオイルの入っていた瓶と部屋の反対側を交互に見る。ベッドの反対側にあるのはバスタブだ。先ほど洗ったばかりのシーツが縁に掛けられている。当番が中庭で洗濯物を干し始める時間にはまだ早いから、頃合いを見て持っていくつもりだった。
 フォカロルの部屋は大広間に近い。遠目ではあるが中庭が見える位置にあって、先ほど覗いた時にはまだ何も干されていなかった。だからそれまでの時間は説教をすると決めたのだ。けれども目の前の男は反省の色も見せず、話半分に聞いているのが容易に分かる。
 バスタブを見つめていたカスピエルの目尻が、ゆるく弧を描いた。

「もう洗ったん?」
「……そうだ、オマエのせいで洗うハメになったんだぞ」
「ふぅん」

 そう言って立ち上がり、部屋を横切ったカスピエルの足取りは、昨晩人の身体に無体を働いたことすら忘れたかのように軽快だった。受け入れる側の自分は動くたびにオイル切れの機械のように体が軋むというのに、随分な奴だとフォカロルは思う。
 まだ水浸しになっている浴槽周りを眺めながら、濡れることも厭わず足を踏み入れる。カスピエルは水分を含んだシーツを摘まみ上げて、また目尻を緩めた。

「寝とる俺からシーツ奪って放置するくらいなら起こしてや。洗ったるし。それならええやろ?」
「……反省してないだろ。そういう問題じゃない。それに、どうして嬉しそうに言うんだ」
「何や、気付いてへんの?」
「何をだ」

 濡れたシーツ片手にきょとんとするカスピエルに、フォカロルは怪訝な顔を向ける。

「セックスした時しか使わへんやん此処。せやから水浸しなの見てると、昨日シたんやなって思うやん」
「は……っ?」

 意識していなかった事実を突き付けられて、息が詰まった。
 たしかに、情事の痕が残る身体で共同浴場を利用できるわけがない。汚れたシーツを他人に洗わせるわけにもいかない。フォカロルはそういう時に個室のバスタブを使う。だからと言って決して、何らかの主張の為に選択しているつもりなどなかった。
 それだというのに、何を言っているんだコイツは。因果関係が逆転してるんじゃないのか。

「……わざとオイルをぶちまけたのか」
「せやな、わざとやったったわ」

 全く悪びれていない。どうしようもなさに溜め息も出る。個室のバスタブを使ったところが見たい、それだけの理由でセックスに使われることになったマジックオイルの末路に、哀れさえ覚えた。
 カスピエルが同性も抱けるのだということは最近知った。セックスがしつこいことも。そして、妙なところで興奮を得るのだということも、今知った。そんなの、これまでまっとうに兵士として従事してきた自分に推測できるわけがないだろう。
 フォカロルは逸る鼓動を落ち着かせるために、また息を深く吐いた。

「……はあ。分かった。シーツを洗うのはいい、今後も俺がやる。オマエを叩き起こして部屋から追い出した後にだ」
「セックスでジブンが汚したもんやしジブンでやる、て?」
「カスピエル! さっきからわざと言葉を……ッ」
「……あんなぁ、勘違いしとるようやけど」

 思わず声を張り上げたフォカロルを、人差し指を口元に当てながらシィーと小さく息を吐いて黙らせる。

「俺らふたりで汚したんやで。ちゃあんと覚えとき」

 あと、あんまし大声出すと外に聞こえるで。
 カスピエルがゆっくりとした動作で部屋の窓を指す。開け放たれた窓。採光と換気のために、洗濯する前にフォカロルが開けた窓だ。今は何時だ? 朝練に出る者が、外に居る時間帯なのではないか。
 今日はシーツ、代わりに干したろか? と言うカスピエルの言葉にどう返せばいいのか、混乱した頭では分からなかった。

keyboard_return

expand_less