Reus


DCMK

処方するにはいささかむずかしく、/白快


 たしかに招かれざる客ではあったけれど客は客だろう。黒羽快斗は聞こえてくるうんちくを右から左に聞き流して、まだ熱いであろう紅茶の表面をのぞきこんだ。だからね、こうでああで、つまりは。うるっさいなあ、と右手をスコーンに伸ばしたら、ぴしゃりとはたかれた。白馬の白い手がゆうるりと戻っていく様を、やはりうるっさいなあ、と思いながら黒羽は見ていた。
「君、今の話聞いてなかっただろう」
「BGMにはなってたな」
「あと手癖が悪い」
「だって来客のためのもてなしだろ? なら勝手に食っていいじゃん。オレ客だし」
「……ふ。……まあ。まあ、そうだね。どうぞ」
「……なんで笑ってんの」
「いえ別に」
ふきこんでくる風がさらってくる甘ったるいにおいに、どこか安心感をおぼえてから、自己嫌悪。
白馬は何に反応してかわずかに顔をほころばせて、先ほどまでのお説教もどこへやら、そのまま黒羽とおなじようにテーブルの上へ並べられたティーセットへと手を伸ばした。
さくりと粗食されるクッキーはほどよい甘みをもっている。おいしい。黒羽が白馬の家へと遊びにくることは滅多になかったけれど、これだけは相変わらずうめえなあとその都度称賛を並べるのだった。
「それで? 窓からわざわざ入ってきたその目的は何だい」
「小腹がすいてさ」
「……。」
「顔が青いぜ。睡眠不足かあー?」
「ほんとうに君は素直じゃない……」
「そりゃどーも。おまえ相手に素直になる予定はいまのトコねーな。」
素直じゃないのは、どっちだ。
夜半過ぎに人の家へ忍び込んでおいて、言う台詞でもなかったのだが。黒羽は、こんな時間に白馬が起きているとは思っていなかった。数日前から目立つようになった白馬の目の下のクマは(幼馴染がどうにも心配していてしょうがなかったので知っている)、それ相応に不足しているであろう睡眠を呼んで、明日の休日をいいことに、彼をベッドまで連れていっていると思っていたのに。
(こいつ馬鹿じゃねーの。いや、馬鹿か……馬鹿だったな)
机の上にある紙の束だとか、黒羽が部屋に現れたときにすぐさまスリープ状態にされたパソコンだとか。それらを見られても、なおきちんと客をもてなそうとするのだから、白馬探はきっとと言わず、馬鹿だ。そしてその馬鹿を自分に付き合わせて活動させておくほど、黒羽も馬鹿ではない。
「明日が休みで良かったよ……。君、どうする? 僕としてはこんな時間に客人を帰すのは忍びないんだけれど?」
「やさしーやさしー探くんは、泊めてくれたりすんの?」
「そのつもりで来たんだろうに」
先程からこちらの目を盗んで、幾度かちらりと視線が向けられるその先にあるのは――この年で言うのもアレだが――白馬の仕事机だ。黒羽が寝たらまた、白馬はちいさな明りをひとつつけて、続きをこなすのだろう。せっかくイギリスに染まりつつあったんだ、変なところで日本人らしく過ごさなくたっていいだろうに。
しょうがねえなあ、と腕を上にぐぐ、と伸ばして力を抜いたあと、黒羽は御馳走様とティーカップを中央へ押しやって、ソファを立った。
「じゃ、寝ようぜ」
「それなら、そうだな……隣のゲストルームを――。黒羽君?」
「おまえも」
白馬は言葉をつまらせた。瞬きを数回して、そのわずかに充血した瞳がこちらを射ぬくのを、黒羽はただ、じいと見返したまま立っていた。
「……腕を放してはくれないみたいだね」
「そ。つまりはそういうこと。」
文字通り、寝るだけな。そう言ってウィンクしたあとに見た白馬は、本当に疲れた顔をしていた。

*

翌週になって見かけた白馬の目元からは、クマがきれいに消えていた。歳をとるごとに段々消えなくなるぜえ、とかなんとか、脅した甲斐があったかもしれない。ついでに渡したあの薬も、きっと使っているのだろう。ドラッグストアで購入した、可愛らしい赤ん坊がプリントされている、あの商品だ。
なんかさあ~白馬君、今日はきらきらしてるね! さわやか? このあいだの白馬君も憂いを帯びてる、って感じで、私好きだったなあ。と、教室の至るところで聞こえてくる声、エトセトラ。色は黄色。皮肉なことに、どんな状態であれども、白馬は女子にとって素敵そのものでしかないらしかった。
(イケメン様は違うねえ……)
自分の席に着いて、机のなかに手を伸ばすとカサリとちいさな音がした。わずかに体を傾けて、覗きこむ。トントン、と二度椅子の金属部分を叩いた音がして、気付いて良かったよ、とうしろから柔らかな声が続いた。
「まあ、ほんのお礼ですよ」
「……さあて、なんの礼やら」
「君が素直に認めるとは思ってませんので結構」
俺だっておまえが素直に認めるとは思ってなかったけどな。
 昼休みに黒羽の腹の中へと消えるそれは、紛れもなく、白馬家のバタークッキーだった。ご丁寧に、なにか飲み物も欲しいんだけど。と、購買まで白馬を連れてって奢らせたのは内緒の話である。

*

「で、いつもこれが出されるのに俺は最近疑問を抱き始めたわけだが」
「だって君、これ好きだろう?」
「俺、そんなこと言ったっけ」
「目が言ってる」
目は口ほどに物を言うとはよくもまあうまく言ったものだな、と黒羽は思うが、常にポーカーフェイスをと注意している自分がそれに当てはまるとは思っていない。見上げた先の白馬のさわやかそうな顔がなんともむかつくものだったので、黙ってクッキーをひとつ手にとった。
彼の目元には、あれからしばらく疲れた様子は見えていない。ただ、どこかの怪盗が出した予告に食らいついて徹夜――の場合は除くけれど。それはお互い様だったから、変に藪をつつかないようにしている。
お茶が用意される前に、ひとつだけパクリと。相変わらずおいしい。口の中で広がるバターと、たまごにシュガー。それからこの焼き加減。何度か食べてみて気付いたが、きっとこれは市販のものではないんだろう。ふと思いついて、スーパーで探してみても見つからなかった。そういう些細なところに白馬探という人間の立場をのぞきみてそれから、気付いてしまう自分にめんどうくせえなあ、とひとこと心の中でうなだれる。
こんなにもおいしそうに食べておいて、隠してるつもりだったのかい。そんな風に呟いた白馬の声が聞こえてきたけど、気のせいだ。窓からふきこむ風はまた、甘ったるいにおいと、食欲をそそるような茶葉のにおいを運んで、やさしく黒羽の鼻先をかすめていった。
「これ、ダージリン?」
「……いや、アッサムだよ。ダージリンの方が良かった?」
「いいよ。何でも。どうせわっかんねえし。」
そう言ってティーカップに手をのばした黒羽を見て、窓際に立っていた白馬は意外だなあ、と呟いてから同じようにティーカップを手にして席に落ちついた。所作のひとつひとつが流れるようにゆるやかだ。組まれた足もまたきれいなもんだなと、黒羽は紅茶をごくりと飲んでおもう。やや猫舌気味な黒羽の舌にあう温度で、そんなところにすこしむず痒くなった。
「君は頭が良いし、もうとっくに覚えている気がしたのだけど」
「しらねえーって。」
「そうやって息をするように嘘を吐くのも結構だけれど、分からない振りなんてしなくても、君に損得なんてないだろう?」
「だーかーら。そういう話がしたいんじゃねえよ。ほんとに何でもいい」
と、そこまで言って、浮かんできた疑問がひとつ。もう一枚、とクッキーに手を付けながら、何となしに言ってしまったそれが、間違いだった。
気を抜いていたのだ、柄にもなく。
「そういやおまえ、何も言わないんだな。前はテキトーなこと言ったら、茶葉がどうの、淹れ方がどうのってくどくどうるさかったくせに」
「え? ああ――」
白馬の、すこしだけ下がった眉と、口元にうかんだゆるやかな笑みに、カチリと頭の中でなにかが組み立てられていく音がする。「何で、でしょうね。」そう言った白馬の声色が決定打だった。そうして自分の失言に気付いたのは数秒後。
気付きたくなかった、誰だって、自分が甘やかされているなんて事実、知ってしまったらどうしようもなく。
「……なん、で、だろうな」
それは薬でだって、クッキーでだって、解消出来そうにない。








Lover's quarrel


「おまえさあ、何であん時笑ったワケ」
「あの時?」
「いつだかお前んち来た時に……、俺が菓子食おうとしたら怒ったくせに、すぐに態度変えただろ。アレ。」
「ああ……、あれね……。――いえ、なんでもないですよ」
「……ほう……? 言わないと……?」
「黒羽君。いつにも増してこわい顔をしているね」
「いつにも増してってなんだよ。俺はいつだって可愛い顔してる」
「自分でそれを言うのかい。あと右手に持っているそれを下げたまえ。一応殺傷能力だってあるんだから」
「別にこんなん、ぶっ放しゃーしねえよ。キッドに真似て作ったお手製の模造品だからな」
「……本物のくせに……。」
「?」
「いえいえ。――まあ、僕のもそういうことですよ」
「そういうこと、じゃねえだろ。ちゃんと言え」
「……手癖が悪くて、嬉しかっただけですよ。まるでどこかの怪盗さんみたいでね。」
「――よし分かった。優しくあの世まで見送ってやるから歯ァ食いしばれ」
「ちょっと! さっき撃たない、って言ったじゃないか……!」
「うるせーうるせー! 気が変わったんだよ!」



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