輪郭にふれる／白快

DCMK

輪郭にふれる／白快

　冷たくなったコーヒーが、そこにある。
　白馬が、テーブルの上のプリントの横にあるカップひとつをしばらく眺めていると、後ろから「ああ、なんだ。結局飲まなかったのかよ」となんとも呑気な声が聞こえてきた。
飲む暇がなかったのは自分のせいだというのに、そんなことはこれっぽっちも思っていないという声色。こういう顔をしているだろうなと、ひそめた眉をそのままに振り返ってみれば、まさにその通りの顔をしていて、その事実にすこしおかしくなる。
　なんでまた、こういうときはわかりやすい。
「……おめー、笑うか睨むか、どっちかにしたら。」
「そのどちらでも無いよ」
「嘘つけ。君のせいだろう、って声がしたぞ」
「僕、言ってないけど」
「俺のこころには響いた。」
　そして、彼は横暴である。黒羽快斗はわかりやすい。と、いうよりは、はっきりしている。
　これが好き、あれが嫌い、それは興味が無い。
誤魔化されるよりは良いものではあるけれど、それが進化を遂げると我がままになる。
そうだ。黒羽快斗は、我がままだ。

　そんな彼が、思っていたよりも早く起床したことに驚きつつも、あとから投げかけられた、気だるげな「……はよ」という言葉に返事をする。おはよう。そして思ったことも忘れずに添える。今日は早いね。
　そのまますぐに、嫌味でも返ってくるだろうと構えていたから（むしろそれがいつものことだったので）白馬はまた驚いた。黒羽はちらりとこちらを一瞥したかと思えば、テーブルを見つめたまま、黙っている。
「どうかしたかい」
「……まさか、朝から仕事する、なんて言わないよな」
　白馬は目をぱちくりとさせた。黒羽はそのまま、むくれた顔をしてぶつくさと不平を言い始めた。ありえねー。客人放っておいてそれかよ。これだからカタブツは。
　最後の言葉がすこしばかり引っかかったけれど、どうでもいいことだとして処理をする。
「仕事、ではないけどね。これは。ただ助言を求められただけだし、」
「そーゆーのを、仕事っていうの！　この業界じゃ！」
「業界って君ね」
　Ａ３サイズのプリントの束ををひらりとさせると、心底ありえないという顔をされる。想定内。その後から浴びせられる小言の数々。これも想定内。

　探偵業ってやつは、俺にはよくわからないね。
　怪盗業ってやつも、僕にはよくわからないけれど。
　
『それに関しては、自分で捜したまえ。』愉快そうな声が近くでしたと思ったら、そのまま体の左側から手がにょきりと伸びてくる。その指先のきれいな手が、目的の紙へと到達するまえに、白馬はそれを黒羽から遠ざけた。
「おいこら」
「駄目ですよ……。今度の展覧会の警備体制を把握したいのなら、僕からではなくて他から取ってきてください」
「いきなり仕事モードに入んな！」
「仕事モードって君ね」
　似たような返事ばっかすんじゃねー。ロボットかお前は。
そんな黒羽曰く、自分が言葉遣いを丁寧にしたときは、「今は探偵じゃねーだろうが」ということらしく、怒られることがあった。育ちのせいか、無意識に出てしまうものなので、たいていは謝りつつも、なにが悪いのだろうと白馬はおもっている。
　なにせ丁寧語で話をして、嫌がられたことなど無い。黒羽快斗を除いては。
「つーか『他から』って、他からなら良いのかよ」
「僕が出所だとされなければ問題ないよ」
「……おまえ性格わっっっるいぞ、本当に。ま、俺は別にそんなの知ろうともしてないけどな！」
　自分だって、その正体の欠片をちらつかせておきながら、丁寧にすべて拾いあげてみせる。黒羽のそれが、すこし解せなくて、すこしばかり面白い。認めているのかいないのか、確信しているのかいないのか、どっちつかずで曖昧な距離は、意外と心地よくもある。
少なくとも白馬にとっては。
「君、どうせこれが目当てだったんだろうけど……。冷めてしまったコーヒーの分はきっちりと返してもらうよ」
『ぇえ、黒羽くんもう動けないなァ～』
「気色の悪い声を出さないでください。」
　きゃっ、とソプラノボイスで聞こえてくるジョークの、その内容ははっきり言って、下品だ。そんな黒羽のストレートな物言いを、白馬は文字通り品が無いと思っている。
「おっまえ俺がなに言われても傷つかないと思ってんだろ！」
「そうなんですか？」
「今あらゆる意味でオメーを殴りてーわ。もしくはガムテで、口を塞ぐか」
「おやおや、随分物騒になったものだね。この家も。」
　しらじらしく演技じみた答えを返していたら、首の後ろをぐ、っと掴まれて、そのまま前に強く引っ張られた。目の前に黒羽の顔。真剣なんだぞこっちは、という顔。
はいはい、分かっていたけどね。
「……ひとつ言っとくけどな、白馬」
――すこしばかり、油断をしていたかもしれない。と、白馬は思った。
「俺がそんな安っぽい情報でおまえと寝るとおもう？」
　そうして主導権は、逆転する。
　やんわりと弧を描いた目元も口元も、目に毒だ。思わず白馬は唾を飲んだ。首のうしろにはいつの間にか、黒羽の両腕が回されている。
　こういう時、黒羽快斗の輪郭が、あやふやになる。普段が単純であるからこそ、読めない部分が露見したときの衝撃が、直接脳にくる。
白馬は目を閉じて、ゆっくり息を吐いて、脱力した。
ゆるゆると両手を上げて、降参のポーズをとる。
「……君はときどき、わからないな」
「ヘボ探偵が注意力散漫なだけじゃねーの？　まあ、でも、ひとつ言えることがある」
　今おまえの前にいるのは、黒羽快斗だからな。
　そうしてくちびるが触れた時、輪郭がはっきりとした。

edit_note

keyboard_return

ユーザ「admin」の投稿だけを見る (※時系列順で見る)
この投稿と同じカテゴリに属する投稿：
- カテゴリ「DCMK」の投稿だけを見る (※時系列順で見る)
この投稿日時に関連する投稿：
この投稿に隣接する前後3件ずつをまとめて見る
この投稿を再編集または削除する

« No.112 / No.114 »