Reus


Megido72

だって共犯じゃないか/カスフォカ


「……っクソ!」

 ざぱん、と思ったよりも大きな音を立てたそれに焦って部屋の中に視線を向けるも、聞こえてくる寝息は変わらず一定のリズムを刻んでいた。
 憎たらしいやら気恥ずかしいやら。朝日が差し込むベッドの上、そこに見える鮮やかな髪色と肌の色に、フォカロルは昨晩の情事を思い出して心臓が暴れそうになるのを深く息を吐くことで整える。

――カスピエルと何度か寝た。

 寝たというのはつまり、文字通りの意味ではなく性行為をしたということだ。
 ヴィータの身体が快感を得るのに適した造りをしているという認識はあった。そこに性別による垣根も関係ないのだということは騎士団に入団してから知った。ただ、この男が同じ男を抱くことができて、無駄にしつこいセックスをすることはつい最近知ったことだ。
 バスタブに投げ込んだシーツを乱雑に揉むと、ざぶざぶと音を鳴らしながら泡と水が飛び散る。
 フォカロルがアジトの個室に備え付けられているバスタブを使うことは滅多にない。節約と効率を考えた結果である。共同浴場を利用することに嫌悪感は無いし、長年大所帯で生活してきた経験でそれが一番合理的であると分かっているからだ。今では専ら、バスタブは洗濯桶と化している。
 何度か揉み洗いを繰り返して、シーツを強く絞るとボタボタと大きな水滴が零れ落ちた。陶器製のバスタブを叩く音はそれなりに響くのだろう。部屋の奥、ベッドの上の塊がもぞりと動いた気がして、フォカロルはこの件をどう説教してやろうかと思慮を巡らせた。


◇


「言うほどいっつも汚してへんやろ。俺セックスは下手くそやないで」
「そっ……ういう話をしてるんじゃない! なら昨日マジックオイルをぶちまけたのは何故だ?!」
「滑りが良うなって気持ちよかったやろ?」
「……ッ」

 準備も無く行為をすれば後片付けが面倒になる。集団生活において隠し通すことは難しい。ならば相応の対策が必要だ。予めわかっていれば湯を用意しておくし拭うための布切れだって置いておく。なのにどうしてオマエはふらりとやってきて急に始めようとするんだ! 事前に了承を得るということが何故出来ない!

 ……というフォカロルの説教は、寝起きのカスピエルにとって、残念ながら右の耳から左の耳に抜けていってしまったらしい。あまつさえ明け透けな物言いで昨夜のことを思い起こさせるから、フォカロルは集まる熱に耐えるよう思わず唇を噛むしかなかった。
 そんなフォカロルを尻目に、ふあ、とカスピエルが大きく欠伸をする。

「……なんや起きたばっかで頭働いとらんし、ようわからんけど、セックスのとき机の上にマジックオイルが置いてあったらそら使うやろ」
「ッ馬鹿! これはメンテナンス用のオイルだ!」
「ソウイウ時にも使える便利なもんやて、騎士団で習わなかったん?」
「な、習うわけないだろ! というかそういう話をしてるんじゃない! いや、勿論無断で他人の所有物を使うなという件についても言いたいことはあるが……っおい、ちゃんと聴いているのか?!」

 乱雑に手櫛で髪を整え始めたカスピエルが、マジックオイルの入っていた瓶と部屋の反対側を交互に見る。ベッドの反対側にあるのはバスタブだ。先ほど洗ったばかりのシーツが縁に掛けられている。当番が中庭で洗濯物を干し始める時間にはまだ早いから、頃合いを見て持っていくつもりだった。
 フォカロルの部屋は大広間に近い。遠目ではあるが中庭が見える位置にあって、先ほど覗いた時にはまだ何も干されていなかった。だからそれまでの時間は説教をすると決めたのだ。けれども目の前の男は反省の色も見せず、話半分に聞いているのが容易に分かる。
 バスタブを見つめていたカスピエルの目尻が、ゆるく弧を描いた。

「もう洗ったん?」
「……そうだ、オマエのせいで洗うハメになったんだぞ」
「ふぅん」

 そう言って立ち上がり、部屋を横切ったカスピエルの足取りは、昨晩人の身体に無体を働いたことすら忘れたかのように軽快だった。受け入れる側の自分は動くたびにオイル切れの機械のように体が軋むというのに、随分な奴だとフォカロルは思う。
 まだ水浸しになっている浴槽周りを眺めながら、濡れることも厭わず足を踏み入れる。カスピエルは水分を含んだシーツを摘まみ上げて、また目尻を緩めた。

「寝とる俺からシーツ奪って放置するくらいなら起こしてや。洗ったるし。それならええやろ?」
「……反省してないだろ。そういう問題じゃない。それに、どうして嬉しそうに言うんだ」
「何や、気付いてへんの?」
「何をだ」

 濡れたシーツ片手にきょとんとするカスピエルに、フォカロルは怪訝な顔を向ける。

「セックスした時しか使わへんやん此処。せやから水浸しなの見てると、昨日シたんやなって思うやん」
「は……っ?」

 意識していなかった事実を突き付けられて、息が詰まった。
 たしかに、情事の痕が残る身体で共同浴場を利用できるわけがない。汚れたシーツを他人に洗わせるわけにもいかない。フォカロルはそういう時に個室のバスタブを使う。だからと言って決して、何らかの主張の為に選択しているつもりなどなかった。
 それだというのに、何を言っているんだコイツは。因果関係が逆転してるんじゃないのか。

「……わざとオイルをぶちまけたのか」
「せやな、わざとやったったわ」

 全く悪びれていない。どうしようもなさに溜め息も出る。個室のバスタブを使ったところが見たい、それだけの理由でセックスに使われることになったマジックオイルの末路に、哀れさえ覚えた。
 カスピエルが同性も抱けるのだということは最近知った。セックスがしつこいことも。そして、妙なところで興奮を得るのだということも、今知った。そんなの、これまでまっとうに兵士として従事してきた自分に推測できるわけがないだろう。
 フォカロルは逸る鼓動を落ち着かせるために、また息を深く吐いた。

「……はあ。分かった。シーツを洗うのはいい、今後も俺がやる。オマエを叩き起こして部屋から追い出した後にだ」
「セックスでジブンが汚したもんやしジブンでやる、て?」
「カスピエル! さっきからわざと言葉を……ッ」
「……あんなぁ、勘違いしとるようやけど」

 思わず声を張り上げたフォカロルを、人差し指を口元に当てながらシィーと小さく息を吐いて黙らせる。

「俺らふたりで汚したんやで。ちゃあんと覚えとき」

 あと、あんまし大声出すと外に聞こえるで。
 カスピエルがゆっくりとした動作で部屋の窓を指す。開け放たれた窓。採光と換気のために、洗濯する前にフォカロルが開けた窓だ。今は何時だ? 朝練に出る者が、外に居る時間帯なのではないか。
 今日はシーツ、代わりに干したろか? と言うカスピエルの言葉にどう返せばいいのか、混乱した頭では分からなかった。

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