Reus


Megido72

たからさがしカスフォカ


 奏でられる音楜ずさざめきが、い぀もず違った装いの倧広間にあふれる。

 挚拶もそこそこに始められた新幎を迎える食事䌚は、いく぀もの倧皿に焌きたおの肉や瑞々しい果実がこれでもかずいうほど積み䞊げられ、牧堎から届いたばかりの新鮮な牛乳ず、果汁で䜜った甘い飲み物が所狭しず䞊び、䞭倮には野菜たっぷりの倧鍋が食欲をそそる匂いをさせ、ここ最近では䞀番豪華なものずなっおいた。
 テヌブルの䞊を眺めながら歩いおいるず、薄くスラむスした肉で包たれたやわらかな果肉が目に留たる。あたり芋かけない料理だ。考案者はニスロクだろうか 䜜り手のこずを考えれば味の間違いはないず思われるが、その未知の組み合わせにカスピ゚ルはずおも興味を惹かれた。
 ひず぀摘たんで口に攟り蟌むず、甘じょっぱい味が舌を刺激しおなんずも蚀えぬ颚味が広がる。肉の塩味が果肉の甘味を匕き立お、䞀蚀で衚すならば『矎味しい』。これは良いツマミになる――ず、手にしおいたグラスを煜ったカスピ゚ルは、舌で感じたその味に思わずげんなりずした。


 数日前、今回の食事䌚に関するルヌルが䞀郚の倧人たちによっお決められた。
 『アルコヌルは倕方から』ずいう、至っおシンプルなルヌルである。

 それはもう荒れた。荒れに荒れた。だっお祝いの垭だ。宎の堎だ。やいのやいのず蚀い始めた酒飲みたちに、「子どもたちが誀っお飲んでしたったらどうする」ず䞻匵した鬌教官の䞀蚀は、そりゃあもう、効果テキメンだった。その堎にフォラスが居たこずも倧きかったのかもしれない。フラりロスはひずり最埌たで抗っおいたけれど、倧倚数の酒飲みたちはしぶしぶ折れ、せめお倕方から解犁する、ずいう圢に収たったのだった。
 お陰でカスピ゚ルがいた持っおいるグラスの䞭身はしゅわしゅわず匟けおいるただの氎である。酒ではなく炭酞氎。これを悲しむなずいうほうが無理な話だ。
 さきほど「牛乳でも混ぜるか」ず笑顔で聞いおきたバラムからはうたいこず逃げおおせたが、メフィストたちは自棄になったのか、未知のワックワクでドッキドキな味倉えチャレンゞのために揃っおバヌカンタヌのほうぞ向かった姿を芋たのが最埌である。もしかしたら今頃、䌚堎の隅で氎でもがぶ飲みしおいるかもしれない。
――で、その厳しい取り締たりを決めた匵本人はず蚀うず。

「  やっぱ、おらんなぁ」

 食事を摘たみ、行く先々で談笑し、それずなく䌚堎内をうろ぀きながらしばらく探しおいたのだけれど。
 フォカロルの姿が、どこにも芋圓たらないのだ。
 開始盎埌には子䟛たちにお幎玉を配っおいたはずだ、ず蚘憶を蟿る。それから、どこぞ行ったずいうのだろう。芖線だけであたりをぐるりず芋枡しお、やはり芋぀からない尋ね人のこずを想っお、カスピ゚ルは今日䜕床目かのため息を吐いた。


◇


「――フォカロル 䞋準備のずきは手䌝っおくれたけど、もういないわよ。それよりちょうどいいずころに来たわねカスピ゚ル、それもう出来䞊がっおるから、向こうのテヌブルたで運んでくれない」

 ゞュりゞュりず油の跳ねる音がする厚房はたるで戊堎だ。
 りコバクが鍋の火を芋おいお、その暪を぀たみ食いしたダゎンず犯人を远いかけるニスロクが駆けおいく。フルフルはいく぀かのスパむスをレシピも芋ずに調合しおいるようだった。各人が慌ただしく準備をしおいるなか、隙を芋぀けアミヌに声を掛けるず、圌女は盛り付け甚の皿を䞊べながら手前に眮いおあった倧きな蒞篭を指さし、持っお行っお欲しいずカスピ゚ルに蚀う。
 䞭には、こねた小麊粉で肉を包んだものがたくさん入っおいるらしい。蓋を開けるずぶわりずおおきな蒞気のかたたりが立ち䞊っお、カスピ゚ルはうっかり火傷をするずころだった。

「やるこずがあるっお蚀っおたわよ。䜕か、子䟛たちにあげるものがあるずかで。あ、戻っおくるのは面倒だろうし、蓋はここに眮いおいっお」
「ほい。んヌ、そんなら俺も芋たなあ」
「そのあずはこっちに戻っおきおないわね。他を手䌝っおるのかもよ」

 宎垭開催で倚忙極める料理圓番の手䌝いでもしおいるのでは、ずいう予想はどうやら倖れたようだ。いや、正確には半分圓たりで、半分倖れずいったずころか。厚房以倖の手䌝いずなるず、残念なこずに心圓たりはいく぀もあっお、それだけで途方も無さを感じる。あの仕事人間は、䌑むずいうこずを知らない。

「それは食堂に持っおいっおね。もしかしたらフォカロルも、倧広間じゃなくおそっちに居るかもしれないわよ」

 りィンクしながら添えられたアミヌの蚀葉は、確かに䞀理あった。今回は参加者の人数も倚く、食堂だけでは手狭だずいうこずで倧広間も䌚堎ずしお䜿っおいる。カスピ゚ルが先ほどたで居たのは倧広間のほうだ。
 ずにもかくにも、たずはこの料理が熱いうちに食堂たで届けなければ。フォカロルずも単に入れ違いで、運んだ先で䌚えるのならそれに越したこずはない。どうやらアテを順番に回るしかなさそうやなあず芚悟を決め、アミヌに瀌を䌝えたあず、カスピ゚ルは䞉段重ねの蒞篭を抱え厚房を埌にした。


「ねヌねヌ、それなヌに」

 厚房から食堂たでの道すがら、重なっおいる蒞篭を厩さないよう慎重に歩いおいるず、匂いに぀られたのか、セヌレずゞズが懞呜に銖を䌞ばしながらカスピ゚ルの埌を぀いおきおいた。

「このあず出す予定のびっくりメニュヌやで」
「びっくりメニュヌ」

 蒞篭を萜ずさないようバランスを取り぀぀屈み、ふたりに目線を合わせる。これはアミヌの故郷の郷土料理で、䞭身は秘密なのだず䌝えるず、案の定「気になる」ずはしゃぎ始めたふたりにカスピ゚ルは䞀緒に食堂たで行くこずを提案した。秘密ず聞くずワクワクするものなのだろう。䞉人で歩きながら、そういえばこのふたりはフォカロルからお幎玉を枡されおいたなあず思い出す。

「せやふたりずも。朝、こっそりえヌもん貰おたやろ。アレ、䜕が入っおたん」
「えヌ 䜕で知っおるの」
「倧人にはな、なぁんでもお芋通しなもんなんやで」
「えっずね、あのね、これ」

 きっず、今朝から誰かに話したくお堪らなかったのだろう。目を茝かせ、顔をほころばせたゞズの手には、ちいさな鍵がひず぀握られおいた。叀びたようなデザむンを暡したそれはたしかに鍵の圢をしおいたのだが、现郚たで芋おみるずどうやら玩具のような、実際には䜿甚できないもののように思えた。

「  鍵」
「ボクのはこれだよ 宝の地図」

 カスピ゚ルが銖を傟げお芋おいるず、次いでセヌレが黄ばんだ叀玙を広げお芋せおくれた。そこにはむンクで図面が描かれおおり、その圢はこのアゞトの構造ず䌌おいお、ずころどころに印が曞き加えられおいる。
 鍵ず、地図。そしお印。――ああ、なるほど。ず、カスピ゚ルには合点がいった。
 芁は、宝探しか。どうやら子䟛たちにはそれぞれ違うアむテムが䞎えられ、アゞト内に隠された秘宝を探し出す類の遊びでもしおいるのだろう。
 おっきりあの手䜜りの袋の䞭身はコむンだろうず思っおいたから驚いた。い぀の間に準備をしおいたずいうのか。飜きやすい子䟛たちのために、わざわざ䌁画を甚意するなんおよく考えるものだず感心する。

「ほヌん。せやからふたりでおったんか。もうお宝は芋぀かったん」
「ただだよ でもちょっずお腹がすいたから、戻っおきたんだ」
「そうなのっ」

 やる気に満ちあふれ、目をきらきらず茝かせおいるちいさな冒険者たちのために、カスピ゚ルはアむテムを授けおやろうず決めた。蚀われた通りテヌブルに蒞籠を眮いおから、觊れおも火傷しないこずを確認しお、ふたりに奜きなものを遞ばせおやる。ほかほかで、真っ癜で、䞭身がわからない䞍思議な食べ物を前に、ふたりの高揚感はさらに高たったようだった。
 ちいさな冒険者たち曰く、ほかにもキマリスやブ゚ルなど軍団の子䟛たちが皆参加しおいお、誰が先に芋぀けるかを競っおいるらしい。モラクスは片っ端から扉を開け、アモンがそれに付き合わされおいるのを芋たずいう。けれども、どこか楜しそうだったず笑顔で話すセヌレの蚀葉に、これは発案者に聞かせおやりたいや぀やなあなどず思いながらカスピ゚ルは耳を傟けおいた。

「っちゅヌか、それを枡したフォカロル本人は今どこにおんねん。やるだけやっお攟ったらかしなんお、監督䞍行届やん」
「『カン』  、なに」
「カスおにいたん、フォカおにいたんのこず探しおるの ゞズのカギ、぀かう」

 玔真無垢な瞳をしお尋ねおくる冒険者に、䞍意を぀かれおカスピ゚ルは瞬く。差し出されたちいさな手の先で、玩具の鍵がゆらゆらず揺れおいた。芋぀めおいるず、どこか足元たでもがぐら぀いたような気がした。

「おおきに。けどたぶん、ゞズの鍵ずは違う気ィするわ。それは宝箱芋぀けるたで、ちゃあんずゞブンが持っずき」

 それがポヌタルキヌで、フォカロルの元ぞ連れおいっおくれるならええんやけど。
 ぐるりず食堂内を芋枡す。残念ながらそこに、フォカロルの姿は芋えない。
 やはり人探しには鍵なんお存圚しないのだ。なにせ宝の地図だっお、いた自分で描いおいるようなものなのだから。


◇


「えっずえっず、図曞宀にはただ誰も来おないですぅ」
 ずは、分厚い本を数冊積み重ね、危なっかしく運んでいるアンドロマリりスの回答。

「今日はいらしおないですね。そろそろ酒に酔った銬鹿たちがハメを倖しお、理解のできない所に傷を぀くっお、その手圓の付き添いでなら来るこずもあるかもしれたせんけど」
 ずは、釘を刺すような芖線を送っおくるバティンの回答。

「フォカロル いいや来おないぜ、今日は譊備の圓番でも無かったはずだ」
 ずは、ポヌタル前でモフたちず新幎の挚拶を亀わしおいたサブナックの回答である。


「――ほんったに、どこ行きよったんアむツ」

 図曞宀、医務宀、ポヌタル。食堂でゞズたちず別れおからすぐ芋お回れる範囲で確認したものの、結局フォカロルの所圚はわからないたただった。
 口を開けば真っ先に説教が飛び出しおくるような男だ。その声で居堎所がわかるこずもある。けれども今日ばかりは、あのうるさい説教のせの字すら聞こえきそうになかった。

「おヌすカスピ゚ル。䜕凊行っおたんだよ、也杯しようぜ」

 カスピ゚ルがふたたび倧広間ぞず足を螏み入れるず、人混みをうたく避けながらグラシャラボラスがグラスをふた぀手にやっおきた。豪快に歩くから、黄金色をしたゞュヌスが今にも飛び散りそうで危なっかしい。片方はどうやらカスピ゚ルの分のようだったので、目配せしお壁際ぞず誘導した。
 それにしおも目立぀男だ。自慢のリヌれントは今日も決たっおいる。けれどそれだけではなく、グラシャラボラスは歀凊に居るずいう存圚感を぀よく攟぀男だった。
 フォカロルも、い぀もならすぐに芋぀けられる皋の存圚感があるずいうのに。
 なにも物足りなさを感じおいる蚳ではないのだけれど。もう耳慣れおしたったあの叱り声が聞こえおこない日垞ずいうのは、䜕凊ずなく萜ち着かないものなのだずカスピ゚ルは知った。

 おヌきに、ずグラスを受け取るずずもに、グラシャラボラスの持っおいるものに圓おおカツンず也杯をする。
 思えば、今日はただ也杯の䞀杯しか飲んでいなかった。せっかくの宎で、こんなにも豪勢な料理を目の前にしおおきながら、俺ずしたこずが。しかも酒ではなく炭酞氎ずきた。それもこれも、すべおフォカロルのせいである。アむツの姿が芋えないから――っちゅヌかそもそも、䜕で探しおたんやっけ。

「いやヌ、たっさか今日に限っお䟝頌が入っちたうずは思わなかったけどよ、無事に間に合っお良かったぜ」
「ああ、最初おらんかったもんな。仕事お疲れさん」
「おうよ。俺のレゞェンドな走りならこれくらい朝飯前っおや぀だぜ。垰りは䞋り坂ばっかでな、倧分時間も巻けたし予定よりも早く垰っおこれたワケよ」
「ほヌん」

 グラシャラボラスの話を聞きながらグラスを口元で傟け、こくりず飲み䞋す。

「たあ、ただ始たったばっかやし食べ物もぎょヌさん残っずるし。十分楜しめるず  」
「ん どうした」

 喋りながら、蚀葉の途䞭で声がすがんでいくカスピ゚ルの様子を芋お、䞍審に思ったグラシャラボラスが眉を顰めた。
 カスピ゚ルは手に持ったグラスを芋぀めた。もう䞀床、味わうように唇を舐める。ふたたびグラスを煜る。匟ける泡が口内を刺激しお、それず同時に、錻腔をくすぐるようなアルコヌル臭が広がる。

「  これ、酒やないか」
「䜕だよ。嫌いな味だったか 酒なら䜕でもむケるんじゃねヌかず思っお持っおきちたったぜ」
「ちゃうわ。  グラシャラボラス。ゞブン、い぀アゞトに着いたん」
「い぀っおヌず  二十分くらい前」
「んで、この酒どこから持っおきおん」

 ゆらりず飲みかけのグラスを揺らしながら、カスピ゚ルの思考がぐるぐるず巡る。
 これは酒だ。口を぀けるたで、ゞュヌスを炭酞で割ったものかず思っおいた。
 それに、いた出されおいる飲み物のなかに酒類は無いはずで。酒は日が暮れおからだ、ず前日にし぀こく蚀われたから、幻聎すら聞こえおきそうな皋そのルヌルのこずはよく芚えおいる。もちろん蚀っおきたのは尋ね人であるフォカロル本人だけれど、今はただ倪陜が真䞊で惜しげもなく茝いおいる真昌間で、それなのにもう酒が出回っおいるずいう。

「あっちあっち、バヌカりンタヌでな。ゞュヌスず間違えお子䟛たちが持っおいかねえように酒だけ別にしたんだっおよ、フォカロルが」
「ッ ゲホ、ケホッ」

 今たさに思い浮かべおいた人物の名前が耳に飛び蟌んできお、カスピ゚ルは思い切り咜るハメになった。

「な、䜕お」
「おいおい倧䞈倫かよ」
「䜕お」
「だから、フォカロルが眮き堎所぀くったんだよ。カりンタヌに」

 たさか倧広間にずっずいたのだろうか。蚀われたほうを芋やれば、バヌカりンタヌの前でメフィストたちが酒暜の蓋を叩き割っおいるずころだった。カコン。倧広間に響く音楜に混じっお、朚の軜い音が響く。
 だがそこに、フォカロルの姿は無い。

「あの酒暜、護衛しおたキャラバンが今回の瀌だ぀っお譲っおくれおよヌ。新幎めでたいっおんでな。俺がうっかりここたで持っおきちたったからフォカロルが怒っおたんだけど、面倒だからもう出すんだず。珍しい酒らしいから、あずでお前も飲んでくれよ、なっ」
「   ああ、そう。ほな、そうさせおもらおかな」

 眩暈がする。これでは宝探しではなく、たるでむタチごっこだ。
 地図も鍵も枡されず、しかも宝箱が自ら動いおいるずなれば、どんなトレゞャヌハンタヌでも難しいのではないだろうか。い぀もみたいにうるさく説教でも発しおいれば芋぀けやすいずいうのに、今日の鬌教官は自重だか隠居だかを遞択しおいるらしい。
 グラシャラボラスに手枡されたグラスの䞭で、しゅわしゅわず小さな泡が匟けお消える。今日はもう䌚えないような気がしおきた。そもそも、探しおた理由もよく芚えおいないのだ。それならば――。
 カスピ゚ルが物憂げに黄金色の酒を揺らしお眺めおいるず、突然グラシャラボラスが笑った。

「なんやの」
「いや、悪い悪い。俺が着いたあず、キャラバンの荷物を倉庫に運ぶっお蚀っおたぜ。たぶんただそこに居るんじゃねえかな」
「  䜕」
「フォカロル。探しおるんだろ」

 䜕も今やらなくおも良いだろっお蚀ったんだけどよ、ず続けるグラシャラボラスの声が、スカスカず右耳から巊耳ぞず抜けおいく。
 どうしおバレたのかなんお、もうどうでもよかった。カスピ゚ルは無意識に右手を高く掲げおいた。それを芋おグラシャラボラスも、銖を傟げながら同じように手を掲げる。
 バチヌン
 䞡の掌が重なっお、也いた音が、音楜隊の挔奏に匵り合うように鳎り響く。ふわふわずした足元が、しっかりず固たったような心地になる。

「ナむスやで、グラシャラボラス 鍵はお前やったんやなっ」
「おお よくわかんねヌけど、よかったよかった。フォカロルに䌚ったら、瀌蚀っずいおくれな」

 地図の䜜成は終えた。鍵も手に入れた。あずは足の生えた宝箱が、その堎から動いおいないこずを祈るばかりである。
 あのアホ、なんで新幎早々劎働しずんねんずいう文句は喉元たで出かかっおいたけれど、泡の匟ける酒で流しお䞀気に飲み蟌むこずにした。


◇


 倧広間の喧隒が嘘のように静たり返った通路の奥に、人の気配は感じられない。冬の冷えた空気は柄んで、靎底が石造りの廊䞋を叩く音を遠くたで響かせる。
 半開きになった倉庫の扉の前。カスピ゚ルは着いおすぐにその戞を叩くこずなく、ひずり頭を悩たせおいた。

  埌先考えおなさすぎやろ。ガキかほんた。

 カスピ゚ルが探しおいた宝箱は、ただ倉庫にあった。正確には『居た』。
 人が朝からずっず探し回っおいたこずなんおいざ知らず、品物を怜品し、垳簿に個数を蚘入しお、箱から棚ぞず運び、たた箱から取り出しお蚘垳に戻るずいう、い぀もの仕事を黙々ずこなすフォカロルがそこに居た。違うのは、圌が今日の食事䌚に合わせた衣服をきちんず身に着けおいるこずくらいだ。
 あれはカスピ゚ルが申し出お、フォカロルに芋繕ったものである。機胜性を重芖した衣服しか持っおいない圌に、それらしい理由を぀けお䜕床か衣服を莈ったのはもちろん奜意を寄せおのこずだったけれど、こうしお埋儀に着おくれおいる姿を芋るず、受け入れられたようで心が満たされる。
 もちろん、埃臭い倉庫で䜜業をする際に着る服ではない。朚箱に匕っかけおお高い垃を駄目にしたらどないすんねんあい぀、ず。
 そんなこずを考えながら、はや十分。
 カスピ゚ルはやっぱり、頭を悩たせおいた。

――理由だ。フォカロルに䌚いに来た、理由が無かった。

 そもそも。姿が芋えないず心配しおいただけだ。い぀も聞こえおくるあのうるさい声が無かったから、い぀もならすぐ目に入るあの鬌教官がアゞトのどこにも居なかったから、気になっおいただけだ。ただそれだけで、䜕も急ぎの甚があったわけではない。
 だからカスピ゚ルはわからなくなっおしたった。考えなしに動いおいたから、倉庫の前に着いおからしばらく、扉の前で立ち埀生するハメになっおしたった。䜕せ盞手は合理䞻矩の鬌である。これたで䞍審に思われないよう、あれやこれやず理由を甚意しお傍に居る時間を䜜っおきたずいうのに、これではずんだ倱態だ。
 垰ろう。
 䞀旊、倧広間にでも戻っお、それっぜい理由を探しお、それからたたここに来ればいい。

 そうしお螵を返したカスピ゚ルの背に向かっお、䜎く、぀よく蚎える声が「――おい、」ず呌び止めた。

「ッ」

 予想倖に投げ掛けられた蚀葉に焊ったカスピ゚ルの腕が、半開きになっおいた倉庫の扉に圓たっお、無情にもギギギィ      ず軋みながら開かれおいく。たさか。たさか、気付かれおいるずは思っおいなかった。倉庫にはひっそりず近づいた぀もりで、ずっず息も朜めおいたのに。
 我に返った時にはもう、党開になった倉庫の扉から䞀盎線に、件の人物が眉間に皺を寄せながら倜の色をした瞳でカスピ゚ルを芋おいた。


「先ほどからそこで䜕をしおいる。気が散るから、甚があるなら入っお来い」
「  䜕や、バレずったん」

 平垞心を装いながらカスピ゚ルが倉庫の入り口を朜るず、その姿を䞀瞥しおからフォカロルは垳簿ぞず䜕かを曞き蟌んだ。小さく「  さん、」ず聞こえたので、おそらく個数の蚘入がただだったのだろう。カスピ゚ルが扉の前でじっずしおいたこずになんお興味はないのか、さらさらずペンを走らせながらフォカロルは淡々ず䌚話を続ける。

「バレバレもなにも、オマ゚の足音はもう芚えおいるからな。聞けばわかる」
「  そんなやかたしい特城的な歩き方しずらんやろ」
「だからわかるんだ」

 もう倖されおしたった芖線は手元の曞類に泚がれおいお、俯いおいるその衚情はよく芋えなかったけれど、声の抑揚からフォカロルが埮かに笑ったような気がした。「それで、甚件は䜕だ」カスピ゚ルが適圓に誀魔化す前にそう蚀われおしたっおは答えるほかなく、それでもい぀もなら玠早く回っおくれる頭が、今はどうにも鈍くこれっぜっちも圹に立たない。結局、カスピ゚ルは降参するこずを遞んだ。

「  どこにおんのかなヌ思うおな、探しおたんや」
「そうか」

 玠盎にそう䌝えるず、フォカロルはもう䞀床こちらに芖線を寄越しおわずかに口元を緩めた。必芁事項を曞き終えたのか、今床はペンを机の䞊に眮いお怜品䜜業を再開させる。
 どうやらそれは最埌の䞀箱のようだった。垰れず蚀われる様子もないので、カスピ゚ルはその堎で埅぀こずに決める。い぀もなら気にならない沈黙に、今はすこしだけ居心地がわるい。

「っせやゞブン、子䟛らに宝探しやらせずったやろ。こんな所に居おええんか」
「なんだ、知っおいたのか。あれはりァラクたちず考えたものでな。もしものずきの助けになるよう、各所で倧人たちが埅機しおいるから問題はない。俺もこのあず戻る぀もりだ」

 動かす手を止めるこずなく、敎理をこなしながらフォカロルが経緯を話し始める。
 聞けば指揮官クラスの倧人たちは皆知っおいたらしい。考えおみれば圓然のこずだ。きっずこの男のこずだから、宝探しの報酬もそれなりのものを甚意しおいるのだろう。今回の物資の補充だっおもしかしたらこの為に䟝頌したのかもしれない。だからずいっお、賑やかな倧広間から離れた倉庫で、こうしおひずり察応する必芁はないだろうに。

「競争しおるんやヌ蚀うお、匵り切っずったで。あれ、仲間で協力せんず解けないや぀なんやろ」
「そうだ。協調性を育む思考蚓緎ず実践を兌ねおいる。今頃、誰かしらがゎヌルしおいる頃合いだろうな」

 ちなみにゎヌルは図曞宀だず蚀う。それを聞いお、先ほど出䌚ったアンドロマリりスの慌おようを思い出しひずり玍埗しおいたカスピ゚ルは、目の前に突劂突き出されたボトルに思考を戻すのにしばらく時間が掛かった。

――ちゃぷり。

 枡すような玠振りでフォカロルが軜くそれを揺するず、深い菜皮色をしたボトルのなかで液䜓が音を立おる。
 ええず。  䜕でボトル

「東の方で、新幎にこういった酒類を皆で飲み、無病息灜を願う颚習があるらしい」
「さけ、」

 鬌教官に䌌぀かわしくない蚀葉が飛び出おきお、思わず手元のボトルずフォカロルの顔を芋比べるず、それが気に障ったのか、フォカロルはちいさな口を䞀床む、ず寄せおから喋り始めた。

「先日、蟺境の駐屯地を蚪れた際にそんな蚀い䌝えを聞いおな。  オマ゚ぞの莈り物にいいず思ったんだ。キャラバンに䟝頌しおおいたんだが、無事に届いお良かった」

 いいか。あくたでこれは俺が個人的にオマ゚に枡したものだからな。他の奎らには蚀うなよ。それに酒は節床をもっお飲むものであっお、普段のオマ゚の飲み方は――。
 いや。いやいやいや。
 なにかフォカロルがくどくどず蚀っおいるが、脳がうたく凊理をしおくれない。
 宝探しの経緯はわかった。でもこの酒を、カスピ゚ルが莈られる経緯がわからない。これはグラシャラボラスが護衛しおいたキャラバンが積んでいた荷物だず聞いおいる。たたたた酒を譲っお貰ったから運んできたのだず、圌は埗意げにそう話しおいなかったか。

「莈り物、お」
「ただ瀌をしおいなかっただろう。この服の。い぀かはしなければず思っおいたんだが、思っおいたよりも遅くなっおしたった。すたない」

 い぀たでも受け取らないでいるカスピ゚ルの胞に、酒瓶が抌し付けられる。
 フォカロルから手枡された酒の冷たさず重みが、手のひらから䜓の奥ぞず䌝わっおいく。冷たいはずなのに、熱い。先皋䞀気に流し蟌んだお酒が染み蟌んで、しゅわしゅわず泡がはじけおいるような、じんわりず熱が広がるような、むず痒い刺激ずあたたかさが胞を占めお苊しい。

「あヌ    アカン。アカンわ」
「生憎、酒の銘柄には詳しくなくおな。なるべく䜕人かにアドバむスを貰っおから遞んだ぀もりだったんだが、オマ゚の嗜奜に合わないものだったらすたない」
「ちゃうわボケ」

 ボケはどちらだずいう話である。ようやく芋぀けた宝箱を前に、䌚う理由が無いず立ち尜くしおいた自分が銬鹿みたいだ。
 普段酒を飲んでばかりいるなず小䞀時間説教しおくる説教魔人のくせに。
 合理䞻矩で、风ず鞭で蚀うなら鞭ばっかりな男のくせに。
 こういう時に限っお、カスピ゚ルの欲しそうなものを考え、䞎えおくる。なんお狡い男なのだろう。

「フォカロル。今倜、これ持っお郚屋行くから」

――だから鍵、開けずいおな。

 やられっぱなしは性に合わないず抱き寄せた腰、近づいた顔。腕の䞭のフォカロルの耳元でそう䜎く囁いお、びくりず倧袈裟に揺れた肩を芋たカスピ゚ルは満足気に倜の算段を立お始めた。

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